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ここにあるもの

また、と思う。
また、なんだよ。
君はいつでもやってくる。
何度でもやってくる。
どうも、わたしのからだと、君は仲良しらしい。

口内炎。

ひとには「ウィークポイントがある」と教えてもらった夜を、忘れない。
わたしの場合は口。あと右手。
唇はすぐに荒れるし、口唇ヘルペスは永遠のカルマとしてお付き合いをしている。
口内炎も、そのひとつ。
特に、ここ数年は膨らむタイプじゃなくて、クレーターみたいな陥没タイプ? これはとにかく痛い。
乾いても染みる。濡れても染みる。もちろん、何かが当たっても染みる。逃げ場ナシ。

はちみつがいいよ、と百回くらい聞いたけど、はちみつはきらい。
あとはしっかり食べて、ビタミンとってよく寝る。
ストレス? どうにかできないからそれはストレスなんだよ。
でも、いまはいったん投げ捨てる。どうせすぐ帰ってくるけど。「投げ捨てるべき」「投げ捨ててもだいじょうぶ」と意識をする。

使い古された魔法みたいな言葉を繰り返して、なんとか日々を過ごしてゆく。
のだけれど、痛いものは痛い。
今回は、下の唇の裏側にできてしまって、歯磨きに困ってしまった。
歯ブラシが当たるととにかく痛いので、毎日下唇を手前に引っ張って、歯と口内炎のあいだにスペースを生み出して、なんとか磨いていた。
一生懸命歯磨きしたつもりだけど、だめだ。どうしても痛い。
たぶんいま、わたしの歯は少し汚い。ちゃんと磨けている気がしない。

それでも歯磨きしないわけにはいかないから、何度も唇を引っ張る。
まぬけ顔のわたし。鏡なんてもう見たくない。
ああ、はやくよくならないかな。

ある朝、わたしは下唇を引っ張っていないことに気がついた。

あんなに苦しかったのに、永遠みたいだったのに
治ってみると気づかないというか、フェードアウト。
さっきまで確かにあった音は、小さくなって、小さくなって最後には消える。
あれと同じだ。
消えてしまう前のことを、しっかりと覚えているのに。
気がつくとなくなっている。
あんなに痛かったのに。あんなに憎んでいたのに。

気づくと失っている、なんて
なんて、わたしは薄情なのだろう。

大切なものは失わないと気づかない、というのはある意味に於いて事実なのだろうけれど
あるものは失ってしまったときに気づかない、というのもあるのだろう。

ときどき、いなくなった口内炎のことを思い出す。
あんなにわたしを苦しめていたのに。
唇を引っ張らずに歯磨きできる日々って最高、なんて思っていたのに。

もう、遠い昔の話になっちゃって
わたしはそうして、いくつのことを忘れていくんだろう。

すべてを覚えていられないし、その必要もないのだけれど。

自分を痛めつけてしまうような感覚に溺れてしまったり、
誰かと比べて首を絞めてしまう夜が訪れたら
ときどき、思い出してあげたいね。

口内炎みたいに、いなくなったもののこと。
解決した、いくつもの問題のこと。
最初は弾けなかったピアノのこと。
生まれて初めて作った曲のこと。
憧れて買ったマグカップのこと。
花を買う暮らしなんてできない、と思っていたわたしのこと。
いま、この部屋とわたしの中にあるもののこと。

ときどき、思い出してあげたいね。
ついでに、いまだけは笑ってあげたいね。
けっこう遠くまで歩いてきちゃった、わたしの未来のこと。
憧れた輝きを放っていなくても。
「なにもない」なんて言って、逃げ出すように泣くことだけは、もうやめなきゃいけないね。




陥没タイプの口内炎に苦しむ同士へ。
わたしは、「のどスプレー兼口内炎にも利くやつ」を常備しています。
根本治癒にはならないけれど、わたしを救ってくれる。君がいないと苦しい






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