お化粧問題

 私はあまり化粧をしない。
 素顔に自信がある…とかいうわけでは決してなく、要は朝、化粧に費やす時間が勿体ないのである。化粧をして仕事に行くぐらいなら、一分一秒でも長く寝ていたい。化粧が崩れて途中で化粧直しをするのも面倒臭いし、帰ってクレンジングで落とさないといけないのも面倒臭い。そもそも、顔になんやかんやと塗りたくって、薄くても一枚仮面を被っているような付属感が嫌なのである。
 そういうものは、もしかしたら毎日化粧をして出かけることで慣れていったり、違和感が無くなって来るものなのかも知れないが、私は長らく保育所保育士という職業に就いており、そもそも化粧というものの甲斐のない生活を送っていたせいで、その必要性を感じることのないまま今日に至っている気がする。
 もしかすると今は大分緩和されているかも知れないが、私が現役で勤めていた頃の保育士というのは、長い髪を垂らすことは勿論、マニキュアなんかもご法度で、厳しい時には、普段靴下の中に隠れていて、水遊びやプール遊びの時にだけ表沙汰になるペディキュアさえ、見つかればお叱りを受ける…という時もあった。
 といっても、決して化粧がご法度というわけではなく、中にはバッチリメイクの先生なんかもいたりしたのだが、そもそも保育士の仕事というのが、化粧のし甲斐がないと私は感じていたのだ。
 先ず、受け持つクラスによっては、一日全身運動の肉体労働となる。冷暖房が完備されていても、オフィスワークのように常時快適な温度で仕事が出来る環境にあるわけではなく、あくまで子どもにとっての適温重視であって、場合によっては節電対策などで一定温度に達しないと点けることさえ出来ない。季節に関わらず外遊びなど、屋外で過ごすことが常であるし、そもそも子どもの生活を基盤とした仕事なので、合間を見つけて化粧直しをする暇もないのである。
 夏は汗だくになって途中で着替えなければならないほどであるし、水遊びなどでずぶ濡れになることも必須。どんなに美しく塗りたくって出掛けたとしても、時間と共にドロドロと剥がれ落ちるのは目に見えている。それでも朝から晩まで美しい化粧顔の保育士がいたとすれば、彼女は女優のように汗をかかないか、余程仕事をさぼるのが上手なのであろう。
 そういった理由から、〝仕事に行くのに化粧は不要〟という習慣がついてしまった私であるからして、これから転職しようと思っても、「いい大人の女が化粧もしていないなんて、相手に対して失礼千万」なんて職業であれば、馴染むのは頗る難しいと考える。
 では化粧は全くしないのか…というわけではなく、やはりそれなりの年になってもいるので、時には一応するのである。主に休日などに外出をする場合、それは行われるのだが、普段しない分、変身願望がむくむくと湧き上がり、色んな物を試してみたくなる。そういう時の〝仮面〟の違和感は、一日限定であるから耐えられるのである。鏡台の鏡を覗き込みながら、塗り、描き、付ける。そして最後にはたいたら、あ~ら不思議!〝馬子にも化粧〟でそこそこキレイ❤の自己満足が出来上がる。
 違った自分になった気分で、意気揚々と出かける私。しかしここで更なる不思議が起こる。出先でトイレなどに行き、鏡を覗き込んだ時に愕然とするのだ。映っている自分は、自分が思っている以上に年寄りなのである。しかも厚化粧。家の鏡に映った〝馬子にも化粧〟とは別人の、やたらと老けた厚化粧の女がそこにはいて、本人を仰天させるのだ。
 私は見てはいけないものを見た気になって、今見たものを忘れようとする。鏡に映った自分の姿が、友達や町中を歩いているその他大勢の眼に晒されているのかと思うと、おちおち遊んでもいられなくなるのだ。
 そして出先から帰った私は、一分でも早く〝仮面〟を剥がすために、洗面所へ…。洗面所の鏡に映った私…やっぱりそこそこキレイではないか!外へ出ていると疲れるせいで、老けて映るのかと思いきや、疲れ切って帰った顔が、化粧直後とそれ程大差なく見られる範囲というのは、一体どういうことなのか?謎であり、不思議である。

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