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オオカミと狼伝説 【その2】 アラスカの鉱山技師

文:ウィリアム・J・ロング(1867~1952年、アメリカ北東部で野生動物を観察して、多くの作品を書いた作家)


ミネソタの友人の話に加えて、アラスカで働く鉱山技師の男の話をしよう。その友人も、オオカミは危険だと堅く信じており、自分の体験をわたしに話した。

晩秋の雪嵐の日のことだった。そのせいで彼は道に迷ってしまい、見慣れた尾根が見えてきたときには、もう辺りは暗くなっていた。男の野営地は尾根を越えたところにある。男は黙々と早足で道を進み、常緑樹に覆われた空き地にたどり着いた。そのとき、背後の山からオオカミの恐ろしい遠吠えが聞こえてきた。

突然の鳴き声に友人は体を硬くした。そして耳を澄ました。これまでに聞いた狼話を思い出し、心臓がバクバクと鳴った。友人はやみくもに走り出した。と、また立ち止まって耳を澄ませた。鳴き声はすすり泣きに変わっていた。オオカミの声は間近に迫っていた。死んだも同然の気持ちになり、男はすぐそばのトウヒに飛びついた。そして木の頂上近くまで登っていった。恐ろしいオオカミの集団が空き地に滑り込んできたとき、男はなんとか木の中に隠れた。オオカミは辺りを嗅ぎまわっていた。やつらは明らかに何かを探っている。木の中に隠れた友人は、自分を探しているに違いないと思った。

すると1頭のオオカミが鋭い声をあげて、薮のそばで落ち葉の山を掻き混ぜはじめた。仲間のオオカミもそれに加わると、葉の山を掘りはじめた。そこには隠しておいた獲物の死骸があった。彼らはそれを引き出してむさぼり食った。しかし、何か不審な音を耳にしたのか、オオカミたちは食べるのをやめた。2頭の体の大きなオオカミがゆっくりと空き地をまわり、獲物を嗅ぎつけた猟犬のように鼻づらを天に向けた。これを見てわたしの友人は自分の人生もこれで終わりと観念した。オオカミは自分が木の上で凍え、疲れ果てて落下するまで、そこで待ち構えるつもりだ。

この男も、昔話に出てくるオオカミのことを頭に浮かべたに違いない。

北部の野営地では、このような狼話がたくさんある。しかし2人の友人の話は非常に典型的なものだ。紛れもない事実(オオカミの遠吠えや姿)と過剰な想像力、その掛け合わせによって生まれたものだ。オオカミの遠吠えを夜聞けば、野外にいる人間は恐れ驚く。空腹にみまわれると(他の動物と同じように)オオカミも大胆になる。また犬のような好奇心も持ち合わせており、何であれ逃げる者を追うことがある。すべてよくあることであり、オオカミらしさでもある。だが、ワシと同様に、オオカミは用心深く、近づくことさえ難しいと知っている者にとっては、人間と認識しながらこちらを追いかけてくることはまずないと思える。ひとことで言えば、野生のオオカミというのは、あらゆる狼伝説とは相容れない。

たとえば、あなたがオオカミの集団を驚かせたとする(昼であれ夜であれ、オオカミが姿を現すことは稀なのだが)。人の近づき方によって、彼らはスルリと、あるいはモソモソと、またはサッと消え去る。しかし仮に、オオカミの方が静かにすわっているあなたを驚かせた場合は、野生のオオカミ本来の姿を見るまたとないチャンスになる。

熟年のオオカミなら、鋭い視線を向けた後、知らんぷりしてそこを通り過ぎ、視界の中にあなたがいる間は無関心を装いあなたを無視する。そのあと恐怖に襲われたクマみたいに2、3キロ先まで走って逃げる。あとでその足跡を追えばわかる。

若いオオカミの方は、キツネがそういった状況でやることと似たことをする。若オオカミはじっとしているあなたを不思議に思い、ひたすら観察する。見間違いをしてるのか、それとも見る角度が悪いのかと考え、やがて姿を消す。若オオカミが藪の背後で嗅ぎまわっているとき、あなたはオオカミはどこに行ったのかと思う。オオカミは何も得られないとわかれば そこから退散する。オオカミが後ろにまわってあなたを見ようとしているとき、あなたは動いてはいけない、振り返ってもだめだ。次にオオカミの姿を目にするのは、反対側にいるところだ。オオカミは四方八方からあなたを観察し終えるまで、興味をなくすことはない。そのような場面で、オオカミを驚かせたり、こちらを脅すようなことをさせたら、せっかくのチャンスを無駄にすることになる。

北部のオオカミは犬に似て、暇をもてあまし、何か面白いことが起きないかと期待しているときには、腹いっぱいの肉より好奇心を満たす方を優先する。冬の間は、オオカミは集団と過ごし、常に決まりきった行動をとる。夕暮れどきに、気持ちを盛りたてようと遠吠えをする。狩りに出かけていき、食事をとる。その後はテリトリーをさまよい、あちこち嗅ぎまわる。しかし道を外れることなく、次の狩り場への方向をとる。同じ場所を二夜続けて襲うことはめったにないからだ。

そして日がのぼるまでの間に、昼の間休む場所に落ち着く。わたしがたまたま彼らの通った兆しから、昼の休憩所を見つけることがあると、そこはたいてい見晴らしのいい、湖を見下ろせたり、草原が眼下に広がる場所だったりする。

もしそのような場所で、オオカミたちがあなたの姿に目をとめれば、何頭かのオオカミが距離をとって、姿を見られないようにしながらついてくることがある。こいつは何者か、何をしているのかを突きとめようとするのだ。

もし姿を見られたり、足音を聞かれたりせずに昼の休憩所のそばを通れば、夜になってから、彼らはその事実を発見するはずだ。そして中でも若いオオカミは、あなたのかんじきの跡をたどり大きな声をあげるだろう。それは獲物を追うときの獰猛な鳴き声ではなく、わたしの理解では、好奇心から出たもの、あるいは珍しいものを見た興奮から来るものだ。足跡を見つけたオオカミはこう言っているみたいだ。「きてごらん、みんな、こっちだこっちだ! 見たことないものだよ、嗅いだことのない臭いだ! ウーーーーッウーーーーッ。いったいこれはなんだ?」 もし若いオオカミ中心の集団なら、あなたが残してきた足跡について、あれこれ騒がしく議論する声を耳にするかもしれない。

このような無害なオオカミの興奮状態は、あなたが心を開いて怖がらずにいれば、より明確に感じられるだろう。山道を歩いていてオオカミの声を聞いたとき、走って逃げるのではなく、むしろ姿を見てやろうとすれば、状況もその後の結末もまったく違ったものになる。オオカミたちはあなたの姿を目で捉える前に、何らかの方法でその意図を汲み取っているように見える。あなたの正体を知ろうとしているのだが、自分たちが探索されているとは思っていない。深く濃い影の中に溶け込むもう一つの影のような彼らの姿をあなたは見失う。一方、彼らの方はその鋭い嗅覚で、あなたのことを熟知している。


オオカミと狼伝説【その3】 2023年4月10日公開

オオカミと狼伝説 【その1】 ミネソタの森で
オオカミと狼伝説 【その2】 アラスカの鉱山技師
オオカミと狼伝説 【その3】 イタリアの村にて
オオカミと狼伝説 【その4】 雪嵐の森で

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