切望 影井桔梗

入院して2ヶ月が経った。外泊の日程が決まり、退院の話も出ている。少しずつだけど、前に進めている。

だけど、僕には何も残っていない。そのことにずっと目を背けていたけれど、直面してしまう出来事があった。

一昨日動いたクラスLINE

突然、クラスLINEが動いた。同窓会をしないか、という内容だった。正直、嬉しかった。高校はかなり楽しかったから、まだ日程も碌に決まっていないのにワクワクしてしまっている自分がいた。病名などは一切明かさず、入院中だけど地元にいるから協力できるかも、と伝えたところ、お大事にね!というメッセージが来た。嬉しかった。僕たちはまだ、このクラスの一員なんだと思えた。

気づいてしまったこと

ただ、日程が詰められなかった。就活やらなんやらで、みんな忙しいんじゃない?という声が出た為だった。

その時に、僕は気がついてしまった。

僕は大学中退して無職で就業もドクターストップが掛かっているけど、皆は就活やらなんやらで前に進んでいるということに。

どうしようもなく悔しくなった。僕に残ったのは、多額の奨学金と、今回の自殺未遂で壊れてしまった友人関係だけだった。

なにも手元にないのだ。誇れるものも、頑張れるものも、なにも。何もないのだ。

インターンに就活に期末レポート、テスト。進学コースだったために、クラスメイトの殆どが大学に進学した。そのため、丁度就活が山場なのだ。

羨ましかった。妬ましかった。普通に大学生を続けたいという思いが砕かれた日を思い出した。

そして、僕の中でどんどん膨れていく感情は、

死んでしまいたい。何もできないのなら。希望がないのなら。願わくば、初めから存在していなかったことになりたい。

叶うことなら、雪希の望む人生を歩ませてあげたい。僕たちは不要なのではないか、邪魔しているだけではないか。申し訳ない。死んでしまいたい。

自殺未遂当夜に戻りたい。願わくば、壊れてしまった友人関係が壊れないようにしたい。エゴでわがままなのはわかっているけれど、それでも。

こんな、どうしようもなく取り留めのない感情ばかりなのだ。

死にたくて仕方がない、次こそは既遂にしたい。その思いがどんどん膨らむのは、きっと、大事なものが幾つも失われてしまったからだ。

壊れてしまった心も体も、人間関係も、治ることはない。
一度レールを外れてしまったら、もう元には戻れない。

そんな人生に意味なんてきっとない。事実、基本人格の雪希がずっと出てこないことがその証左だろう。

ほんとうに、ほんとうに、どうしてこうも生きにくくなってしまったんだろう。どうしてDIDやRADやC-PTSDになってしまったんだろう。
死にたくて悔しくて、終わりにしたくて仕方ない。

人生に意味を見出せないのに、生きてる意味はあるのだろうか。


大人は言う。

生きてればいいことがあるよ、と。

そんなの、今幸せだから言えることだろう?

いま、絶望の底にいる人間には、微かな希望など、ないに等しいのだ。


でも、どこかで、微かな希望を切望している自分もいる。

希望が煌々と輝いてくれれば、生きていたいと思える日が来るのだろうか。

こんな状況で希望を切望してしまうことが、何処かにある生きていたいと言う思いの証左なんだろうけれど。

泣きそうになりながら、希望を切望する僕は、きっとどこまでも愚かしいのだ。

そんなことを思った、2023/12/08の夜。

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