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過量服薬の中で

玄関のチャイムが無機質な音を立てて鳴る。私は、憂鬱に鍵を開けた。扉が開く。そこにいたのは、声しか聴いたことのない訪問看護師(以下、訪看)。「ああ、こんな姿なんだ」と思いつつ、私は冷たく「帰って」と言った。一刻も早く追い返したい私vs絶対に帰りたくない訪看の構図の出来上がり。
玄関先で「帰って」「帰らない」と押し問答をしていると、訪看のPHSであるスマートフォンが鳴り、管理者の声が漏れる。『着いた?玄関の扉開いた?いま雪希ちゃんはどんな感じ?親の許可あるから、上がって水飲ませて』私を心配する言葉。
それを聞いた私は、ある部分に愕然とし、恐怖を覚えた。「親の許可」、それは私にとって死にも等しい言葉だった。夜間帯だから、深夜加算のついた料金が発生する。13524円。それは、決して安いとは言えない額で、親に知られずに私が支払うのは非現実的とはいえ、自分の銀行口座から支払おうと思っていたものだった。親に知られた。今から向かう、それだけではなく、自傷行為を未だに辞められていないことも知られてしまった。隠しきれなかった。それが、どうしようもなく辛かった。

布団にもぐり、壁の方を向く。訪看に帰ってほしかったし、なにも話したくなかった。話す気もなかった。他者が、この時間に家にいることが無理だった。「水を飲んで」というのも、意識がポヤポヤしていて飲みたくなかった。一刻も早く退出してもらいたかった。その条件が、コップ1杯の水分補給だった。従った。目の前で一気飲みをし、訪看の鎖骨あたりを押して、「さっさと出ていけ」と言った。通じなかった。

訪看は

「私たちを信じて」

と、きれいな言葉を吐いた。

訪看は無意識に目から水をこぼす私の肩を掴んで、泣きそうな声で、そう言った。
大人を信じて裏切られた経験しかない私には到底無理な話だった。
初めて信じたのは心理士の先生。それから医者。私の安全基地は、地元の病院しかなかった。この人たちなら、ODが私の下手なSOSであるとわかってくれると思っていた。実際、リスカはそう捉えてもらえたから。ODは、ここで診るのはもう無理と捉えられた。そのことを思い出しただけで思い出しただけで、目から水があふれてきた。
「今までの関係者は裏切ったかもしれない。けど、わたしたちはいま、裏切ろうとしていない。離れようともしていない。話を聞こうとしている、信じている、だから、雪希ちゃんも信じてほしい」
前述のとおり、「なんてきれいな言葉だろう」と思った。そんなの、どうせ裏切る大人が吐くセリフだ。もう自分から、支援の手を取ることなどしないと、2021年9月13日に決めたんだ。
信じていない。一刻も早くご退出いただくための、言葉限りの約束を交わし、訪看は渋々帰っていった。

そんな日曜から4日。私は、まだズブズブとODの沼にはまっている。大人は信用していないけど、隠すことはしないようにしよう、と決めて。

復学までに、ODの沼から抜け出したいと思いつつ、タイピングをしている。

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