キエンギ号の話を聞いてから、私は頭が「シュメール」でいっぱいになり、寝ても覚めてもシュメール、シュメールという感じだった。すると友人が、
「東京でシュメール料理を再現してくれる店がある。事前予約が必須だから、頼んどこうか?」
と誘ってくれて、一緒に行った。学生時代にホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」についてどうでもいい議論をした友人だ。イリアス、オデュッセイアとシュメールを同じとしてはいけないが、ざっくり、あのあたりの地域で、あのあたりの時代に、王様が食べていたであろう食事という、とてつもなくアバウトな括りの食事会だ。
 結局、焼いた肉と、スープと、パンと、ワインと、クッキーが出てきた。砂糖も塩もない。味がしない。肉もパンも、とてつもなく、口の中の水分を持っていく。ジャガイモの入った、味のしないスープで流し込む。肉は固くて、噛んでも噛んでも飲み込めない。だんだん顎が痛くなってくる。ワインは多分こんなのだろうということで、発酵の浅い、結構酸っぱいワインを選んでくれている。一生懸命ワインで流し込む。水は貴重品で手に入らないという設定なので、飲ませてもらえない。とどめはクッキーだ。粉を飲み込むみたいにパサパサしている。味もしなくて、粉っぽさしか感じない。
 シェフの気遣いで、食事量を通常の3分の1くらいに一人前を減らしてくれていて、シュメール料理のコースの後は、普通の料理を口直しに出してくれた。もう天国かと思った。甘い,辛い、しょっぱいが普段の10倍感じられる。水を飲むと、体中に染みわたる。
 シェフ曰く、昔の人は味の感度が高かったのではないかということだった。まさに実感できた。腐ったものとかにも敏感に反応できただろうし、毒の入ったキノコとか、身体に悪いものも見抜けたであろう。
 最近、蛇毒工場の建物の周りには近づけなくなったので、私としては手をこまねいているのだが、心配しすぎてはいけないと姫神様には言われる。
 マムシをお酒に漬けると薬になるように、薬と毒は表裏一体なのだそうだ。シュメール人の叡智でも、そういう知恵があるらしい。

 日本の料理のありがたみが、いたく分かった私は富山に行った。せっかくなので永平寺で座禅を体験した。旅行で知り合った人の子供が悪ガキで、困って永平寺に修行に出したという話を2人の人から聞いたからだ。子供を寺に修行に出すなんて、いつの時代の話だと思うかもしれないが、わりと最近だ。
 そのうちの1人は、しょっちゅう学校の授業をばっくれまくったそうだ。教室に居ないことを気づかれないように、机といすを屋上に出しといて、遊び歩いていたというツワモノだ。もう一人は引きこもってゲームばかりだったそうだ。どちらも、親が怒り狂って修行に出したらしい。一泊で修行に出されて改心するのだろうか。そのあとの結果は怖くて聞いてない。永平寺で、その話をしたら、そんなのは受け付けてないとのことだったので、この近くで何か根性を叩きなおす場所があるのかもしれない。
 近くの気比神宮も参拝したが何もピンとくるものが無かったので、やはり永平寺に用事があるのではないかと、隅々まで歩き回った。
 その方は宝物館に座っていらした。椅子に座ったお姫様だった。閉じ込められているとかではなく、座って待っていた。急に人が居なくなり、人払いされたんだなと分かった。姫神様たちと、抱き合って再会を喜んでいた。展示されていたお名前を読んでも、ちょっと誰だか分からなかった。
「このお姫様もお連れするのでしょうか」
と姫神様たちに聞くと
「この方はここから動くおつもりはありません。こんな奥にあっては、誰も訪ねて来ない。長い間、淋しい思いをされていたと思います。でも、ここに残って見守るそうです」
とのこと。確かに、永平寺に来た人の全員が宝物館に来るわけではないし、もっとメジャーな展示物を見て帰ってしまう。
「どうしたらいいのでしょう?」
と聞くと、これでいいとのこと。10分ほどしたら、他の観光客の声と足音が聞こえてきた。すると、お姫様は、元通り、椅子に座った。久しぶりに立って、座りなおした位置が、ちょっとずれた分だけ、椅子の色が違った。本当に久しぶりに席を立ったんだなと思った。とても大事に保管、展示されていて、安心してその場を去ることが出来た。


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