見出し画像

怪談ウエイトレス その7

7,再び、ゼロハリバートンの男

 野木さんが昼飯だと行って、出ていった。
「まりもにいる間はあまりお腹が減らないんですよね」
 コンビニで適当に飯を買って、本人曰く、近くのビルの軒先というのかベンチに腰掛けて、食べ終わるとあたりをてらてら歩くのだそうだ。一日立っているのにまだ歩くのかと思うだろうが、狭い店にじっとしているという点では、座り仕事とあまり変わりない。
「そこらの子供みたいに、四肢を自由にしてから帰ります」
 新しいケーキのレシピをネットで探していると、学校を出てなんぼという感じの、びしっとした紺色のスーツにゼロハリバートンを持った男が入ってきた。男はアイスコーヒーとムースを注文した。

「このムース、うまいですね。ムースとか、久しぶりに食べましたけど」
「そうですか」
 
 夜中の一時半ころ、ふと目が覚めたときに足音がする。
 普通の足音なら気にしないのだけれど、それはいつも走っているのだ。それも毎晩同じ時刻だ。そんな時間にジョギングか?と思う。だが、なんとなくそういう走り方ではないような気もする。そういう、つまり、運動のためとかダイエットだとかではなくて、純粋に走る必要があって、走っているものだ。白い靴が均等に右、左、と繰り出していくのが見える。暗い部屋の中で、目を閉じたまま足音を聞いている。起き上がって、足音の主を確かめたくなる。
 だが見てしまったら、きっとがっかりする。いや、怖くなるのかもしれない。自分がどんなものを想像しているのかも定かじゃない。まだ、いちども見たことがない。
 ふと、目の前にいる男ではないかと思った。走って走ってここまで走ってきたのではないか。そう思うともう、顔をそちらに向けることができない。つうつうと、ムースをすする音が空気を辿って耳に流れてくる。

 男が何か語り出しそうな気配がする。窓の外にカタチのはっきりした雲が浮かんでいるが、それが何に似ているのかはわからない。
 野木さんはまだ、帰ってこない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?