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ビートルズ来日は「黒船」だった

東京オリンピックの翌年(1965年)、日本でエレキブームが巻き起こった。ベンチャーズやアストロノウツのサウンドはインストゥルメンタル、つまり歌がなく演奏だけだった。
いろんなところで、テケテケテケというエレキギターの音が聞こえていた。
小学生だった私も映画館で「エレキの若大将」を観て、カッコいいと思っていた。寺内タケシが登場するシーンが印象的だった。
当時放送作家だった阿久悠は、日本テレビの笈川光則、ホリプロの堀威夫、ザ・スパイダースの田辺昭知ら3人の依頼で「世界へとび出せ、ニューエレキサウンド」というアマチュアバンドのコンテスト番組を企画した。
エレキギターの生産台数は、1964年の月産3,400台から1965年には月産6万台に膨れ上がっていた。アマチュアグループは、東京だけで2,000組いた。そういう時代だった。

JALのはっぴを着た4人組

ところが、1966年6月29日、事態は一変する。
その日、ビートルズが来日したのだ。羽田空港で飛行機のタラップを降りて来た4人は、なんとJALのはっぴを着ていた。
彼らは翌30日から7月2日まで日本武道館で5公演を行った。勿論、各回とも会場は満席。チケットを手に入れるのは至難の業だったと言う。
その時、その場で観客はあることに気付いた。そして、それは日本の若者全体に波及することになる。
エレキサウンドはインストゥルメンタルではなく、歌詞が付いていたのだ。
演奏技術はベンチャーズほどではないが、歌がついていてカッコいい。

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