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つらい生理に寄り添ってくれる夫に感謝するあーさん

器質性月経困難症

生理が始まった13歳からかれこれ23年間、毎月毎月生理に悩んでいる。様々な検査をしてもこれと言った悪いところが発見されないので「器質性月経困難症」の診断をいただいている形だ。
処方されたピルや薬を飲んでみたりしていたが改善せず、現在は血行を良くする漢方とやらを飲んで休むようにしている。

出てくる症状

まず生理前一週間になると気持ちが落ち込んでくる。普段は考えないようなマイナス思考に陥ったり、昔の嫌な思い出が駆け巡ったりして、一人で静かに泣いていることもある。人前では普段通りを装う努力はするのだが、やっぱり心許している夫には心無い言葉をかけてしまうことが多いと自覚している。

あとは頭痛、腹痛、腰痛。最近一番つらいのは子宮がひきつったように痛み、ふくらはぎから足の裏まで鈍痛が続くことだ。ただこれは子宮や足をゆたんぽで温めると緩和されることがわかった。

いざ生理が始まって出血すると貧血こそ起こさないものの、立ち眩みで倒れることが多々ある。瞬きすると白い稲妻が走るような描写が見える(表現が難しい…)

世の中の生理の位置づけ

生理なんかでいちいち寝込んでたら大人になったら生きていけないよ」というのが母の口癖だった。生理が軽い母にとって生理を理由にした体調不良は気合いが足りないとの考えだった。

当時はこう言う母を恨んだりしたものだが、同じ60代の義母もこんなことを話していた。「私たちの若いころは生理痛の薬なんて主流じゃなかった。痛みに耐えて笑顔で働いて、人のいないところで倒れるように休む。そんな繰り返しだったのよ」と。

父にしても「今は生理用品のCMが当たり前のように流れる。職場には生理休暇なるものもある。これまで秘め事とされた生理をいきなり理解しろというのは時代も変わったな…」と。

つまり昭和~平成の時代からこの令和の時代にかけて、生理のありかたというのはかなり変わったのだと思う。

そんな時代の変化に恩恵を受けていることは間違いない。もう退職してしまったが、男性ばかりだった以前の職場で「すみませんが月の物で体が辛く、一週間ほどテレワーク対応させていただけないでしょうか」という申し出をいつも快く受け入れて下さっていた。(建前の理解としても嬉しかった)
そして家にいればそれはそれで夫に手厚いフォローで包んでもらえた。

もちろんそんな周りの方には感謝しかないし、生理ではないときに自分から周りの人を大切にするように心がけている。
でもどこか呪縛のような「生理なんかでいちいち寝込んでたら大人になったら生きていけないよ」という母の言葉は杞憂だった。

寄り添ってくれる夫

生理が酷くなると動けなくなることを知っている夫は、自分が仕事で不在中の私のご飯や身の回りのことも気にしてくれる。
出社前に朝ご飯を用意してくれたり、ゆたんぽを温めたり、ココアをいれてくれたり、腰やお腹をさすってくれたり。精神的に落ちているのを察知したときはギュっと抱きしめてくれる。…文字にしても出来すぎた夫である。

もちろん生理中でも出来ることはちゃんとやるのだが、ほぼ夫を頼っている。生理でダウンしたときは思いっきり夫に甘える。でも復活したら助けてくれた夫にたっっっくさんの感謝の言葉を述べて、明るいあーさんに戻る。それが私たち夫婦にとって良い循環を生み出しているような気がするからだ。

いつか私の生理があがっておばあさんになる時が来る。そうすると年上の夫が先に老いを感じることも出てくるであろう。
そうなった時に今の感謝を忘れずたくさんお返ししたいと思う。

おわりに

自分が弱ったときに手を差し伸べてくれる人、包んでくれる人がいるのは心強いですよね。こういう環境を当たり前と思わず、夫を始め周りの方へ感謝する気持ちを再確認したくて記事にしました。

それにしても昭和の女性って強かったんだなー…


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