何気ない日々が本当は幸せの日々だった
ため息をついて窓の外を眺めていた時、不意に意識に何かが触れた。
触れてきたのは他人の意識ではなかった。
どうやら未来のある日、私が死んだらしい。
死んだ私は、幸せだった日々をもう一度だけ見たいと願ったようだ。
会話はないが、自分の意識らしいので何となく事情は分かった。
しかし、なぜ今の自分の生活を見に来たのだろう。
朝から相変わらずの頭痛に悩まされ、悩み事は尽きないのに。
世界はどうしようもないことで溢れている。
窓の外では青空に雲がゆったりと流れている。
ここはマンションの最上階だから、窓の外は空が占めている。
昨晩もストレスで酒を飲みすぎ、鎮痛剤をコーヒーで流し込んだばかりだ。
亡くなった未来の自分の意識は、この部屋を眺め、窓からの景色を喜び、冷めたコーヒーを味わっている。
なぜか、にっこりと笑いながら涙ぐんでいるようだ。
時折、うなずきながら目を細めている。
「この日々が一番幸せだったんだよ。」そう聞こえた気がした。
そういえば、ここへ引っ越してきた当時は窓からの景色が気に入り朝焼けや夕焼けを楽しんだものだ。
雨上がりの虹や、寒い日の曇り空から差し込む光のカーテン。
狭いベランダに椅子とテーブルを置き、夕方には雲を肴にビールを流し込んだ。
出かけるより、部屋でクラッシックやジャズを聴いているほうが良かった。
いつからだろう、こんなにイライラして過ごすようになったのは。
未来の私の意識は、今の自分に何か伝えたかったのだろうか。
未来の私の意識は、この今の環境を、生活を、心の底から懐かしがっている。いつくしんでいる。それがわかる。
幸せは感じようとしないとわからない・・・
この部屋を選んだ時、急いでいたので、ほかの物件と比較する時間もなかった。
金銭的な余裕もなかったので、車もあきらめた。
贅沢には興味がなかったので、部屋暮らしを楽しむしかなかった。
でも、この暮らし、気に入ってたはずだ。
今の自分にはこれしかない。
未来から来た私の意識はそれを思い出させてくれた。
ふうっと頭の緊張感が緩んだ。
何を求めてイライラする。今を、現状あるものをよく味わえ。
そんな意味の感情が伝わった。
微笑んだ未来の私の意思は白く光りながら徐々に消えていった。
夢から覚めた気分で、ベランダに出た。
吹き付ける風に髪をなびかせながら、空に向かってつぶやいた。
「ありがとう。やっと目が覚めた。」
絵 マシュー・カサイ「ベランダから」水彩・ペン
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