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月夜の枝垂れ桜  

今年も会いに来た。
大きな大きな枝垂れ桜。
周りにも、桜の木が並ぶが、この桜の木は別格の大きさだ。
初めて見たとき、桜とは思えなく、静かな滝か雪の山のように見えた。
時間を忘れてずっと桜と対峙していると、周りは無音になり雑念は消えた。
何も言葉に出したくなく、ただ感動で動けなかった。

今年は夜に桜に会いに来た。
ゆっくり歩を進める私の前に、白い巨人が現れたようだった。
大地にどっかと腰を下ろした白い巨人は、静かに私を見ている。
白く長いひげの奥に優しい目をした長老。
長い年月を耐え雨や嵐も乗り越え、干ばつや害虫にも負けず毎年生命の奔流のような花を咲かせる。
その黒くごつごつした幹や枝は、まるで鎧か岩のようだ。
それなのに、この花の可憐さはどうだろう。
無垢な白。これほどの白の衣装は花の王様と言っていいだろう。
今年も、静かに私を見ている。私もただ桜を見ている。

月の光の中、蝶が舞うように花びらがひらひらと風に乗っていく。
緩やかな風は枝垂れた桜の先端部分をゆっくりと揺らし、桜の木の意思表示のようにも見える。

桜と私、ただ二人並んで月夜を見上げたり、夜風を楽しんだり。
無言の対話。
静かな夜。
思わず触れた桜の花びらは、柔らかく儚く、桜の木の体温を感じさせた。

また来年も来ます。

頭を下げて、桜の木と別れた。



絵 マシュー・カサイ「月夜の枝垂れ桜」水彩



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