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二項対立を二項動態化し共感から共観へ

松下幸之助 一日一話
11月12日 立場を交換する

たとえば経営者と労働組合、与党と野党の関係など、社会では対立して相争うという姿が各所に見られる。その結果、精神的にいがみ合いがあるばかりでなく、物事の円滑な進行が妨げられ、そこから大きなロスが生まれている。

そういう傾向になりがちなのは、やはりそれぞれが自分の立場中心にものを見るからではないだろうか。自分の立場中心に考えれば、どうしても自分というものにとらわれてものの見方がせまくなり、全体が見えにくくなってしまう。だからときに相手の立場にわが身を置く気持で、お互いの立場を交換して考えてみてはどうか。そうすることによって相互の理解も深まり、合意点も見出せるのではないだろうか。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

今から約2,250年前に、法家の先達の理論を継承し、荀子の性悪説、老子の無為の哲学を取り入れ独自の統治理論を完成した韓非子には以下のような言葉があります。

「上下(しょうか)一日に百戦す」(韓非子)

韓非子によると「君子の利益と臣下の利益は全く異なることを前提として、上司と部下では大きく利害が対立する」という意です。

韓非の生きた時代から、約2,250年経った現状においても、根本的な問題は変わることなく経営者と労働組合などの対立は続いています。この問題に対して、組織論の権威でありナレッジ・マネジメントの生みの親として知られる一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生が提唱される、知識創造理論におけるSECIモデル(個人・集団・組織のレベルの暗黙知と形式知の相互変換を示す集合知のモデル)がその解決の糸口を示していると言えるのではないでしょうか。野中先生の言葉をお借りすると以下のようになります。

経営者と労働組合、与党と野党の関係とは、ある面で見ればこの2つは1つであり、どちらかが欠けていては成り立ちません。つまりは、お互いに作用する相互補完の関係にあり明確に分離させることはできません。例えるならば、人間の頭と体を分けることができないのと同じことであり、脳というものは体の中にあるため、頭と体を分けて考えることはできません。しかし、その機能面をみると、異なる機能を持つためこの暗黙知と形式知は対立項であることが分かります。知識創造理論においては暗黙知を形式知に変換することが求められていますが、この2つが機能的には対立項であるが故に、その変換には大変な努力が必要になります。

しかし、その対立項の矛盾を弁証法的に克服することができれば、イノベーションを起こすことが可能となります。弁証法とは、暗黙知と形式知のように二項対立の状態にある両極を統合化することで、矛盾する対立項が相互作用する 「二項動態」 を目指す行為です。つまり、変化し動いている状況の中で、両極を大局的に捉えつつ、それを統合するポイントを鋭く見抜き、それを互いに膨らませることによって両極が統合され、より大きなものにアウフヘーベン(止揚)することになります。

二項対立の矛盾とは、非常に理性的な矛盾ですが、論理だけでは解消することはできず、そこには感性が必要とされます。デジタルな理性の対立があったうえで、アナログな感性でもってより高いレベルでダイナミックに統合化する。それが動的な弁証法となります。

具体的には、経営者と労働組合がお互いの立場からの意見をぶつけ合う場合は、表面的には論理だけで解消するケースもあるかもしれませんが、論理を超えて全人的に向き合い、感性レベルの共同化(Socialization)、即ちお互いの哲学や生き方、或いは、人間的なコアバリューの共有が行われることで、イノベーションに不可欠な相互主観性、または、「共感」が生まれることになります。

この感性レベルの共同化を目的に、経営の現場で行われている実例が、京セラのコンパやホンダの三日三晩飲みまくるワイガヤであると言えます。

「共感」とは、一人称から二人称の確立であり、一人称を三人称に移行できた際にイノベーションを起こすことが可能になります。二人称の確立から三人称へと移行するためには、一人称を保ちつつ二人称を統合した「共観」が必要となり、この「共観」を言語化することが表出化(Externalization)であり、三人称へ移行を可能とします。

対立というものは、物事を1つ上の段階へアウフヘーベンするためには必要でありますが、対立することを目的とする対立は無意味かつ物事の円滑な進行を妨げる大きなロスでしかありません。対立の目的は、先ず共同化(Socialization)による共感、更には、共観による表出化(Externalization)であり、対立をイノベーションの起点にする必要があるのではないかと私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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