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『お気楽に生きる 本日は、無理しない』

『お気楽に生きる 本日は、無理しない』
歳を重ねると先が短いぶん辛く生きるよりお気楽に生きたほうがよさそうだ。
この「お気楽」と言う言葉が、馴染んでくるお年頃というわけだ。
必死で頑張って、その先にある到達が、必ずしも必要なわけではないので、適度に頑張ることが気持ちを楽にしてくれる。
無理はせずに、力は八分目が最高値として、普段は半分、ちょっと頑張って6割強というところで、あえて押さえておく。
そうすると腹も極端には空かない、眠りが浅くても多少は大丈夫そう、呼吸も深くでき、鼓動も穏やかに、血管はぶち切れずに、全てがうまくいきそうだ。

さて、若い人はどうかというと、頑張ったらいけないということは言わない。
頑張れる時期であるから、やってみてほしい。

仕事は次から次へと待っている。
子供成長を成人するまで追っかける。
自分の大きな夢に向かって突っ走る。
無理をしないととても追いつかない。
たとえ少々の無理をしても、身体はなんとかついてくるし、精神を病まない限りは大丈夫そうに思う。
実際、若い頃はこういう頑張りを経験してきた。

さらに若い子どもたちは、無茶苦茶めいいっぱい頑張って体を動かしても、一晩眠ればすぐに身体は回復する。
頭をあそびで使っても疲れない。
それは、楽しいからだ。
楽しいと体も頭も疲弊しない。
子どものうちに使えるものは使って、体幹を鍛える時期でもある。
体をギリギリまで使い、ご飯を食べてすぐ寝てしまうぐらいになることが大事だ。
それなのに、勉強しすぎると眠れないし、だから体の回復は遅くなる。
そもそも頑張って勉強する必要があるのだろうか。
勉強が面白くって仕方のない子どもたちは、勉強していても疲れは残らないのかもしれない。
ぼくは、根っからの勉強嫌いだったから、未経験なのでわからない。

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自分がとても好きなことや自信があることなら、多少のオーバーワークは大丈夫だ。
のめり込むこともあっていい。
たとえそれで身体を壊しても、後悔は少ないし、若ければ回復可能だと思う。

逆に好きでないこと、嫌いなことはどうかというと、少しでもやること自体無理があるだろうから、しないほうがよい。

ということで、その時の状態によるが、自分が無理してやっていることはしないことに限る。

ただし、将来的な、具体的なゴールが明確で、ゴールに到達したくて、達成する経過として無理をするのは仕方ない。
苦手で嫌いなことも実行する必要があれば、一時の無理として捉えることもありだ。
ゴールに到達すれば、幸せが待っている。

お気楽に生きるための極意の一つが、「無理しない」ことだ。

☆少しシリーズ化したいので、見守ってください。



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