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ベストセラー書籍『ティール組織』の訳者・鈴木立哉さん

ビジネス書としては大ヒットと言われる7万部を超え、ビジネス書大賞2019では「経営者賞」を獲得した『ティール組織』。その本の訳者であり、この方なくしてティール組織が日本で日の目を見ることにならなかった影の立役者・鈴木立哉さんにお話を伺いました。

 プロフィール:鈴木立哉(すずき たつや)さん 実務翻訳家
【活動地域】
東京
【経歴】一橋大学社会学部卒業。コロンビア大学ビジネススクール修了(MBA)。野村證券などを経て、2002年に翻訳者として独立。主にマクロ経済や金融レポートの翻訳を手がける。
【主な訳書・著書】『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)の他、『世界でいちばん大切にしたい会社』(翔泳社)、『Q思考』(ダイヤモンド社)、『ブレイクアウト・ネーションズ』(早川書房)など。著書に『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』(講談社)。
【座右の銘】継続は力なり

『ティール組織』は、オレが訳さなくて、誰が訳すんだ!

記者:現在されている活動について教えてください。

鈴木さん(以下、敬称略):本業は、経済や金融を専門とする実務翻訳です。『ティール組織』のようなビジネス書は出版翻訳と言うんですが、実は僕の本業ではありません。

2002年に独立し、ご縁があって2005年くらいから出版翻訳を手がけ始めました。出版翻訳は、朝から晩まで作業したとしても1冊訳すのに3〜4ヶ月かかります。僕の場合は、本業の傍らで時間を作ってやっているので、半年から1年ぐらいかかるんです。それに、出版翻訳はあまりお金になりません(笑)。

『ティール組織』は、2015年秋に訳し始めて、2018年1月に発売なので、2年半くらいかかりました(笑)。2016年は、6月にBrexit(イギリスのEU離脱)、11月にトランプ大統領就任と、本業が忙しくなりすぎたのも本書の翻訳が遅れる原因となりました。

記者:本業もありお忙しい中で、なぜ『ティール組織』を翻訳しようと思ったんですか?

鈴木:『ティール組織』は、僕が探して見つけた訳ではなくて、お世話になってる編集者の方から「鈴木さんに向いているじゃないか?」と提案してもらった案件です。

原著の『Reinventing Organization』の出版社は著者の設立した会社ですから、ほぼ自費出版と同じようなものなので、出版直後はほとんど注目されていなかったと思います(その後各国にサーッと広まりました)。原著をザッと読んで感動して、「この本はオレが訳さなくて誰が訳すんだ!」と思いました。

かつて自分が目指していた「その先」の組織論が『ティール組織』にあった!

記者:「オレが訳さずに誰が訳す」。なぜ、そこまで思ったんですか?

鈴木:自分が会社員でいる時に思い描いていた組織論のさらに先がここに書かれている!と思ったからです。

僕は上意下達(トップダウン)(『ティール組織』で言う「達成型組織:オレンジ」)にも良い面があるし、それが向いている組織もあると思っていますが、僕がかつていた組織は、その様々な負の面が顕在化していました。
で、それを解決する一方法として当時はフラットで民主的な組織(『ティール組織』で言う「多元型組織:グリーン」)改革を目指したプロジェクトチームを組んでいたのです(そのプロジェクトはさる事情で頓挫しました)。

2014年に『世界でいちばん大切にしたい会社』という書籍を翻訳しました。原著のタイトルは『Conscious Capitalism』。ホールフーズマーケット(日本では「成城石井」に近いかも)の創業社長ジョン・マッキー氏の著書で、「意識の高い資本主義」という意味です。
ホールフーズマーケットは、「人は食べないと生きられないが食べることが生きる目的ではない。ビジネスも同じだ。利益を上げなければ生き続けられないが、利益を上げること自体が目的のはずがない」という考え方の元、各支店はほぼ自主経営(セルフ・マネジメント)が徹底されています。

『ティール組織』は、その先の組織について語った本だと確信したんです(なお、ホールフーズマーケットは、『ティール組織』では「多元型組織(グリーン)」として紹介されています)。

また、かつて僕は、野村證券の営業企画部営業企画課長として、店舗戦略や予算案の策定に携わっていました(先ほど紹介したプロジェクトチームは、上司の了解を得て本来業務外の余暇として取り組んでいました)。
営業で有名な野村證券。『ティール組織』で言う、The・オレンジ(達成型)の組織です。でもノルマさえ達成していれば何でも伸び伸び自由にやれる社風でした。(もっとも、そのノルマがキツかったんですけど(笑))。各支店は事実上の独立組織。「支店自主経営」と呼ばれていました。
そういった経験も『ティール組織』にピンときた理由になっていると思います。

書き手は何が言いたのか?を常に考える

記者:翻訳する上で大事にしていること、心がけていることは何ですか?

鈴木:本に限ったことではないですが、「この書き手は何を言いたいのか?」を常に考えることが大切だと思います。著者は全体として何を訴えたいのか、文脈を読み取るようしています。

例えば、”I love you.”をどう訳すのか。ただ「愛してるよ」と訳すのではなくて、文脈の中で、「行ってきます」や「行ってらっしゃい」、「ただいま」や「おかえり」のように訳すこともあるでしょう。
最初の取っ掛かりは言葉の表面ですが、でも「なぜそれを言ったんだろう?」と調べていくことが重要ではないか、と。

記者:ただ単純に、訳すだけではなくて、言葉や単語の背景に隠れているイメージを理解することが重要なんですね。

鈴木:そうですね。だから、『ティール組織』の3つのブレークスルー、つまり「自主経営」「全体性」「存在目的」ですが、これをどう訳すのかは苦労しました。書籍の中では、ルビを大いに活用してニュアンスを伝えるようにしています。

記者:なるほど!文脈や全体の流れを読み取って訳されているから、読んでいてしっくりくるんですね。
翻訳者として日々、実践していることは何ですか?

鈴木:10年ぐらい前から、「翻訳ストレッチ」(僕の造語です)という基礎訓練を行っています。朝、仕事を始める前の30分から1時間で、5〜6冊の本を音読したり書き写したりします。選ぶ本は、翻訳書とその原書、英語や翻訳関連が中心で、1冊あたり5〜10分ほどです。

『ティール組織』は、翻訳者として一生に一度の経験かもしれない

記者:日本の組織論に大きな影響を与えている『ティール組織』を訳された今のお気持ちや、今後の計画や目標をお聞かせください。

鈴木:『ティール組織』も訳す時は、妻に「良い本であることは間違いないけど、まず売れないよ」と言っていました(笑)訳す時は、本に自分の名前が残ることが1つの動機付けになりますし、内容自体も勉強にもなります。売れるかどうかなんて一切考えていないんですね。本が出てからですよ。皮算用始めるのは(笑)。

こんなに売れたのは、17冊目にして初めての経験です。売れなかった演歌歌手がヒット曲が出た時のインタビューで「この曲を育ててくれたみなさんのおかげです」とか涙するじゃないですか。「バカやろー!わざとらしいなあ」とか思ってましたが(笑)、その歌手の気持ちが今なら分かるかも(笑)

こんな風に売れることは、翻訳者としては一生に一度のことかもしれません。ジャンルとしては地味な組織論がここまで広がったんです。こういう考え方はもちろん、一翻訳者としては「こんな風に売れたらいいなあ〜」と思っていた夢が叶って、大変ご馳走さまでした、そんな気持ちかな。

記者:今後、『ティール組織』が世の中にどんな影響を与えてほしいですか?

鈴木:これから先、さらに広まってほしいと思うことは贅沢かな。いい意味でプラスの影響を与えてくれるには越したことがないですが、これ以上何を望むのか。売れない翻訳者としては本当に大満足です。

『ティール組織』が流行るのは、手放しでは喜べない

記者:『ティール組織』が流行る今の時代や世の中について、どう思いますか?

鈴木:一読者として、『ティール組織』が受け入れられたのは、ある意味で不幸なことかもしれない、と思っています。今の組織に問題が噴出しているから、新しい組織モデルが必要だってことじゃないですか。

世の中には問題が溢れています。お上や組織の上に対してモノが言えない雰囲気、何となく閉塞感が出てきていないでしょうか。みんな「このままじゃいけない」と思っている時だと思うんです。
読者は、自分たちにないもの、欠けているものが『ティール組織』にあるんじゃないかと探しているような気がします。

記者:原作者のフレデリック・ラルーさんも、日本でここまで売れると思っていなかったのでは?

鈴木:『ティール組織』は、売ろうと思って出版した訳じゃないんです。単純に「いいものだから出版しよう」という想いから始まっています。僕も、翻訳を提案してくれた編集者のOさんも、英治出版さんも「いいものだから世の中に出したい」という想いが強かったんです。本当に。

記者:なるほど。鈴木さんのブログや、インタビューにも裏話が紹介されていますね!

「継続は力なり」

記者:最後に、座右の銘をお聞かせください。

鈴木:月並みですが、「継続は力なり」です。「努力は裏切らない」とか「真面目にコツコツ努力する」といった言葉が好きです。
「翻訳ストレッチ」も、即効性を求めてやっているわけではありません。毎日毎日、地味な努力を重ねていく、そこから少しずつ進歩するだろう、何かが生まれるだろうと考えて続けています。

それと、これは「こうなれたらいいなあ」という夢かもしれませんが、「翻訳で食う、のではなく、翻訳を食っていく。」という思いで仕事ができたら、と。これは僕の好きな作家、横山秀夫さんの小説で感動した文言の横流しなんですが。
お金は稼がないと生きていけないけど、翻訳でお金を稼ぐことを目的とするんじゃなくて、翻訳を生きがいのようにやっていくこと。翻訳を食っていくこと。そうありたいと思っています。

記者:ありがとうございました!

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鈴木立哉さんのブログとインタビュー記事は、こちら。
『ティール組織』誕生の裏舞台が書かれています。

▶︎金融翻訳者の日記
「本当の目利き ー『ティール組織』(原著)を発見した人」

▶︎手放す経営ラボラトリーのインタビュー記事
ベストセラー書籍「ティール組織」はなぜ日本でヒットした?翻訳者が語る驚きの裏話


【編集後記】
インタビューを担当した原田・龍飛・深瀬です。とてもフレンドリーで気さくなお人柄の鈴木さん。翻訳のお仕事が好きで、『ティール組織』の翻訳にも鈴木さんの想いがたくさん詰まっていることを感じました。
『ティール組織』が日本に誕生するには、鈴木さんお一人の力だけではなくて、そこに関わった方々のたくさんの想いや意思があり、まさにティール組織的なチームプレーによって『ティール組織』が出版されたんだと感動しました。

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この記事は、「リライズ・ニュースマガジン “美しい時代を創る人達” 」
にも掲載されています。


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