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レストランでの食事を音楽で表現した「美食大協奏曲」(マニアックなクラシックCDを聴く①)

世の中には「なんだこれは?」「こんなのがあるのか!」という、クラシック音楽作品がいっぱいあるようだ。でも当然、それらは滅多に聴くことができない。

何かのきっかけで巡りあった、そんな作品を聴いてみた。


♪♪ マルコム・アーノルド/美食大協奏曲op.76 ♪♪

  • イギリスの作曲家マルコム・アーノルドが、パロディ音楽祭「ホフナング音楽祭」で上演されるために作曲した。

  • 音楽の演奏だけでなく、舞台上にはレストランの客とウェイターが演技する。

  • 作品にも出てくるデザートの「ピーチメルバ」は、オーストラリアのオペラ歌手「ネリー・メルバ」にちなんで名づけられた。

  • この作品のCDは、今回世界初録音され、発売された。


食事と音楽はいい関係である。食事の空間に流れるBGMは、食事の美味しさを陰ながらでも引き立ててくれるものだ。

それは昔からそうであり、例えば、18世紀前半に活躍したゲオルク・フィリップ・テレマンの作品で有名な「ターフェルムジーク」は、英語名ではテーブルミュージックで、その名の通り宴会での食事の時間のために作られたものである。

イギリスの作曲家マルコム・アーノルドが作曲した「美食大協奏曲」は、食事時間のBGMではなく、その食事自体を音楽にしてしまったユニークなもの。大協奏曲とはなっているが、物語や情景を音楽にした交響詩のほうが相応しいのではないだろうか。

この作品は、演奏だけでなく、舞台にはレストランを訪れた客とウェイターという二人の役者が登場、音楽に合わせて演技をすることを想定されたものである。

「プロローグ」は、ウェイターが客をテーブルへ誘導し、テーブルセットを揃え、前菜の牡蠣が提供される。マーチ風の音楽で入場した後、海を表現するような雄大な音楽は牡蠣の登場を表すのだろう。途中、なぜか場違いなフラメンコ調になるのだが、ここは牡蠣殻を使ってカスタネットの様にウェイターがユーモラスな演技するようだ。

「スープ」の次が「ローストビーフ」。アーノルド出身のイギリスの料理と言えばローストビーフ。今日の料理の主役登場というような堂々たる大きな音楽が響き渡る。

「チーズ」が提供された後は、デザートの「ピーチ・メルバ」。ここではなぜか、グノーの「アヴェ・マリア」が引用されていて、ソプラノ歌手があの有名な旋律を歌う。

なぜアーノルド自身が作った作品にしなかったのか。それは「ネリー・メルバ」という、1900年代の初めごろに活躍したソプラノ歌手に敬意を表したことによるという。

ネリー・メルバは、ロンドンで滞在したホテルの料理長だった、近代フランス料理の父とも呼ばれる「オーギュスト・エスコフィエ」を、自分が出演するオペラ公演に招待したところ、そのお礼としてこのデザートをエスコフィエが用意した。デザートの名前を聞かれると「ピーチ・メルバと呼ばせて頂ければ光栄です」と答えたという。

このような話で思い出すのは「シャリアピン・ステーキ」である。ロシアのバス歌手フョードル・シャリアピンが来日した際に帝国ホテルに宿泊。シャリアピンの求めに応じてシェフが特別に用意したもの。それが後々シャリアピン・ステーキとして有名になった。

ネリー・メルバがゆかりの「メルバ」の名前が付いた料理は他にもあって、「メルバ・ソース」(ラズベリーとアカスグリの甘いピュレ)、「メルバ・トースト」(さくさくとした乾いたトースト)、「メルバ・ガーニチャー」(トマトに鶏肉、トリュフ、キノコ類を詰め、ヴルーテソースを添えたもの)があるという。

これらはすべてピーチメルバと同じく、エスコフィエが名づけたというが、エスコフィエがそれだけネリー・メルバのことを気に入っていたということだろうか。

音楽は食後の「コーヒー」が提供される。オリエンタル調なのは、コーヒー文化が中東からはいってきたということを表すのだろう。作曲された20世紀には、すでにコーヒー文化は西洋文化に等しいくらいに定着していたはずだろうが、そんなコーヒーを音楽で表現するのは意外に難しいのかもしれない。

作曲者のマルコム・アーノルド。彼の一番有名な作品は、ケネス・アルフォードが作曲したマーチ「ボギー大佐」を、映画「戦場にかける橋」のテーマ曲「クワイ河マーチ」に編曲したものであろう。

クラシック作品としては交響曲を9曲作っているは、それよりも映画音楽、そして吹奏楽作品が有名である。自らトランペット奏者としてオーケストラに所属していたことがあり、華やかに金管は活躍する作品、そしてこの作品の様にウィットに富んだ作品が多い。

昨年(2021年)が生誕100周年ということでクローズアップされ、CDも多く出た。この変わった作品が出たのもその一環なのであろう。

このアーノルドのユニークな作品は、「ホフナング音楽祭」というパロディ作品を上演するために企画した音楽祭の、第3回目に演奏するために作曲された。

しかし、主催者ジェラード・ホフナングは3回目の開催前の1959年に34歳という若さで他界してしまう。そのため、この曲は1961年に追悼公演ということで開催された第3回目でようやく初演された。

そのため、ユーモアに富んだ作品に仕立てたというわけである。

聴いたCDはこの作品の世界初録音のものだが、本来は客とウェイターがステージで演技することがワンセットである。ぜひ映像でも見てみたいものだ。


今回聴いたディスク ※輸入盤のみ

指揮:ジョン・ギボンズ
管弦楽:リエパーヤ交響楽団
ソプラノ:アンナ・ゴルバチョヴァ=オギルヴィ
録音:2021年6月14-16日 グレート・アンバー・コンサートホール(ラトヴィア)

Toccata Classics
TOCC613

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像
(2022年7月24日投稿)

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