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ほたる

童謡、ふるさと。
この曲が、突然頭の中を流れ始める。
何かのきっかけがあるわけではない。
ふいに、この曲が流れ始めるのだ。

兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷

私の頭の中ではいつも、二番は飛ばされてしまい、すぐに三番が始まる。

志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

そして私はこの三番の歌詞で、なぜか毎回泣きそうになる。
志を果たしたらすぐに帰るつもりだったのに、いつになっても私は、しぶとくここに残っている。

故郷の思い出は、故郷を離れる時間が長くなるほど、より美しくなってしまう。

春はシロツメクサで冠や首飾りを作り、近所の男の子達がザリガニを釣るのを、恐る恐る見ていた。
お花見に出かけ、ほんのりと淡い色の桜を見上げるのが好きだった。

夏は真っ暗な中、父と二人で自転車で蛍を探しに行った。
蛍は、綺麗な水があるところでしか生きられないと教えてくれたのは、父だった。
父は上手に蛍を捕まえ、私の閉じた両手の中にそっと蛍を移動させてくれた。
両手を少し開くと、その手の中でボウっと光る蛍。
本当に美しかった。
両手をすっかり開いても、蛍はそのまま私の手の中にいて、私は飽きることなく、ぼんやりとした光を見つめていた。
ふとした拍子に蛍が闇の中に飛び去って行き、その行き先を目で追った。
闇の中を飛んでいる蛍は、手の中にいる時よりもずっと綺麗だと思った。

一度だけ、数えきれないくらいの蛍を見た夜があった。
その時も、父が教えてくれたのだった。
外から帰ってきた父は、Dito、今日はすごいものが見えるから急いでおいで、と言った。
いつものように自転車に乗り、蛍がいる場所に向かった。
いつもはゆっくり走りながら蛍を見つけるその場所は、蛍の光があちこちにうごめいていた。
こんなに蛍がいる事にびっくりして、カエルの大合唱を聞きながら、父の隣で一面の蛍の光を眺めていた。

秋にはトンボに向かって指をグルグルと回し、上手く捕まえられると嬉しかった。

雪が降った日には、土手でソリ遊びや雪合戦をした。

書き連ねてみると、私はなんと恵まれた幼少期だったのだろう。
童謡ふるさとのような、遠き日の、田舎町の思い出。

私は、もうあの場所に帰る事はないだろうし、あの当時の自然は、今はもう残っていないだろう。
でも、夏になると、あの蛍のほのかな光を思い出すのだ。
童謡ふるさとと共に。
清い水のあるところでしか生きられない蛍。
もう、あの場所にはいないかもしれない。

それでもなお、私の中の思い出は、永遠に清いまま残り続ける。

夏の蛍。
そして、私の隣には、自転車を支えながら微笑む父がいた。

そして私は今、そんな父の笑顔を思い出しながら、ふるさとを歌っている。
何度も、何度も。

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