ホテルウイングステート東京 第18話

青井 空(あおい そら) 25歳 その1


「こんばんわ。空さん」

 今夜も、如月さんは俺より先にトワイライトに来ていた。俺のことに気付いて、こっちに向かって小さくて手招きをしている。席はいつもと同じ、ピアノで隠れてしまう奥の窓際だ。
 ピアノの演奏が見えないけど、秘密基地みたいな場所だし、他の客と距離が離れているから、二人きりの空気をすごく感じることができる。そこがいい。

「こんばんわっす」

 俺が挨拶すると、如月さんは優しく微笑んだ。出会った頃と比べたら、俺と如月さんは大分仲良くなったと思う。初めて声をかけたときはすごく嫌な顔をしていたし、抑えていたとは思うけど、怒っているのも声から伝わった。
 今では俺を見つけると、彼女から声をかけ微笑んでくれる。俺にとって如月さんの笑顔は世界一と言っても過言じゃないぐらい、綺麗だ。

「隣、座りますね」

 でも、まだ彼女とは一枚隔たなにかを感じている。それが一体なになのかはわからないし、どうすればなくなるのかもわからない。わかるのは、適度な距離感があった方がいいということだけだ。
 だから、俺は隣に座るときは必ず声をかけるようにしている。

「どうぞ」

 如月さんは笑顔で頷いた。緩くウェーブのかかったセミロングの髪が、ふわりと揺れる。
 隣の席に腰掛けると、彼女の耳がちらりと見えた。真珠のシンプルなイヤリングが光る。おそらくネックレスとセットのものだろうな。

「あら?空さんネックレス買ったの?」
「買いました……変、ですか?」

 すごくお洒落な如月さんに比べて、俺はいつも同じシンプルな黒のジャケットと白シャツ。いつまでもこれじゃあダメだなと思った俺は、この前初めてネックレスを買った。

 正直、ファッション自体あんまり興味が無いから、男物のアクセサリーなんてどれ選んだらいいのか、全然わからなかった。けど、アクセサリーショップでふと目に留まったのが、このオニキスのネックレスだった。シンプルで無難なデザイン、なおかつ予算内だったから、あの日はついていたと思う。

「似合ってるわよ。素敵ね」
「ありがとうございます。今日も如月さんのドレス、素敵です」

 如月さんの上品な声で似合ってると言われてすごくドキドキした。
 今夜の如月さんは、夜空みたいな濃紺のドレスを着ている。キラキラと光るラメはまるで星空みたいだ。

「嬉しいわ」

 如月さんの隣に座ると、広いテーブルにぽつりと置かれたグラスの隣に、俺のグラスを置いた。テーブルの上のワンラストキスが2つになる。如月さんは気づいているのかわからないけど、どこか少しハートの形っぽく見える感じがいいなと俺は思っている。
 いつもと変わらない、何気ないことだけど、今日もそれが嬉しい。

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