ホテルウイングステート東京 第17話

如月 ゆかり(きさらぎ ゆかり) 40歳 その6



「よかったら、乾杯なんてどうかしら?」

 日高君のピアノにのせられて、空さんと乾杯するのいいかなと思った。もうちょっと彼と話してみたいわ。
 普段は誰にも話しかけてほしくないって思っているけど、たまにはひとりぼっちじゃなくて、こうやって誰かと話すものいいわね。

「よろこんで!」

 空さんは白い歯を見せて笑った。こっちまで笑顔になってしまうのがわかる。こんな楽しい気持ち、いつぶりかしら。

「如月さんに会えてよかった。乾杯」

 グラスを交わすと小さな音が聴こえた。村井君だったり、仕事の打ち上げでは誰かとグラスを交わすことはよくあるけど、こうやってプライベートで誰かと乾杯するのはあの人がいなくなってからはやってなかったわ。

「如月さんやっぱりかわいいです。俺が出会った女性で一番かわいいかもしれない」
「そんなお世辞みたいなこと言わないで」
「お世辞じゃないです。マジで如月さん美人ですよ」

 嘘偽りのない正直な目が私をじっと見つめる。流石に少し恥ずかしくなってしまうわ。

「……ありがとう。そう言ってくれるなんて本当に嬉しいわ」

 空さんの視線から逃げるように、私はテーブルのワンラストキスを手に取って眺めた。あの人との最後のキスを感じたくてここにきているのに、こんな若い男の子に見つめられて恥ずかしく感じてしまうなんて、おかしな話ね。

 日高君の演奏が終わり、静かになったバーに小さな拍手がちらほらと聴こえてきた。私達も拍手をしていると、優しい声で空さんが話しかけてきた。

「もう一度、乾杯しませんか?」

 グラスを持って空さんは笑っていた。Fly me to the moonを演奏してもらってるんだし、ここは彼に乾杯するべきよね。あと、空さんとの出会いにも。

「そうね。日高君のピアノと、空さんとの出会いに乾杯」

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