Oct.2022 Nobody knows me
今まで生きてきた中で初めて、おれは今寂しいんだとハッキリと自覚している。
昨夜、某友人と3年ぶりに話して、その友人に
「実はすごい性格悪いのにそれを上手いことオブラートに包んで誰とでも話せるからすごいよね。ホント尊敬する」
と言われた。
僕はもう、爆笑するしかなかった。彼女は僕のどうしようもなくダメでクズなところを見抜いて笑ってくれるような珍しいタイプの友人で、彼女なりには心からの尊敬の気持ちもあるらしかった。
ただ、それは、僕にとっては別に良いことではなかった。
彼女はたまたま僕のダークサイドまで見抜くことができただけで、そうじゃない大半の友人には口が避けても言わないようにしている自分の情けない一面がたくさんある。
そうなると困るのが、人には言いづらいことが知らず知らずに蓄積していって、それをどう処理したらいいかわからなくなってしまう。元々他人に自分の話をするのがとても苦手なので、抱え込んだものが心の中でますます腐臭を放つことになってしまう。
昨夜電話しながら、そんなことを思い知った。
平気だと思っていたはずが、その実全然そんなことなかったようで、シェアハウスに引っ越して、毎晩誰かが家にいて誰かと話せる環境にいるくせに、どう頑張ったって剥がれ落ちることがない寂しさがある。
街ですれ違う小さな子供を見ては目頭が緩み、その家族が仲睦まじく街を歩くところを見ては心が痛む。
他人を羨むほど自分はもう若くないのに、自分の手からこぼれ落ちてしまったものが目の前にあって、社会との断絶に近いようなものを感じてしまう。
ある時ふいに、この世に自分ひとりしかいないかのような気持ちになる。
これで良いんだ、僕らの決断は間違ってないんだと思っているはずなのに、それでもやっぱり、ハッキリと、心に穴が空いているのがわかる。
気づかないフリをしていたけど、離婚が決まってからの自分はこの寂しさにずっと振り回されている。
少なくとも1ヶ月は、もうしょうがない、しばらく自暴自棄になってしまっても自分を許そうと思っていたけど、これはしばらく消えることはないんだなと、薄々気づきつつある。
神戸に引っ越してからは割と楽しく過ごしているけど、それでもこれはしばらく付き合っていかないといけないものみたいで、少しショックを受けている。しかも、これはお手軽な恋やセックスで埋まる類のものではないと、気づいてしまっている。
ただただ、ガン細胞のように、心の穴が徐々に大きくならないことを祈っている。
「人生はブルースです」とは父が昔僕に寄越した手紙にあった言葉だけど、いざ自分の身に降りかかってくると、何もかっこいいものでも何でもなく、ただただ自分の心に影を落とすだけだった。
ブルースなんて、歌の中だけで充分だ。
戦前からあるブルースの曲。いつかこの曲を歌えるようになりたい。
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