見出し画像

南の島に魅せられて 第1話

<あらすじ>

 星川美佐子は、町の展示会で見た夕陽の写真に魅せられて、島へ行くことを決めた。島はたまたま「花まつり」でにぎわっていた。小さな民宿に泊まったのだが、オーナーの娘の突然の入院で手が足りなくなり、手伝うことになった。夕陽だけでない、美しい自然に魅了される。
 町に戻って仕事に勤しむが、半年後、呼び出されて農業を手伝った。
 自然だけでなく、島の人情や農業に魅了され、仕事に疲れて島に戻ってきた。観光にかこつけて島を案内してくれた佳家さんは、島の魅力を語った。美佐子は逞しく咲くユリに感動する。(243字/300字)

島の民宿

 民宿に着いたときは、9時を過ぎていた。
 バックパック1つとカメラ。
 家出ではない。すでに実家からは独立して正社員として就職、有給休暇の旅である。でも。気分は家出少女、ある朝、高校のある駅で降りないで海まで行ってしまった、あの時に気分が似ている。
 でも。イイコの私は引き返して元のさやに納まったきり。今度は冒険できるだろうか。いやいや、有給を消化するんだ。

 夕日の写真を撮りに来た。直接の動機はそれだ。
 島の西側に岬がある。その岬の夕陽の写真をたまたま銀行の展示会で見て、自分でも見てみたいと思ったのだ。
 見たら。
 私も写真に撮って自分の力を試してみたい。

 民宿の広間でお茶をふるまわれ、お風呂をいただくことにする。泊まり合わせた客は、ご夫婦にお子さんが3人という組と老夫婦。普段は1組あるかないかだからね、とはおばちゃんの話。
 みなさん、コテージに引き上げた後だった。
 これは美佐子にとって幸運だった。あまり社交は得意でない。こうした小さな民宿が好きな美佐子だが、ときに、客同士が仲良くなっていて、気まずい思いをすることがあった。
 まずは荷物を持って部屋へ行こうと立ち上がると、車の止まる音がして、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。

 部屋に入ると窓が開いていた。さっき気づいた花の香りがここでもした。窓から乗り出してみると、民宿の壁すれすれに赤い花がいくつも咲いている。花は漏斗状で先っぽは丸っこい花弁が5枚。思い想いの方向に芽が伸びていて屋根まで届く支柱にからんでいる。

ノウゼンカズラ「植えてはいけない木」だそう。

 屋根を見ると、ブーゲンビリアがこんもりと枝を広げ、赤い花がちらちら見える。きっと屋根の上はブーゲンビリアが覆っているのだろう。
 窓の正面に海が見える。今は凪いでいるように見える。フェリーはものすごく揺れたのだ。海岸を目でなぞっていくと、あれは港だろうか。着かなかった港だ。ふふっ。
 急いで用意して風呂へ行く。

 風呂は岩風呂だった。
「あがりましたー」
と、広間に行くと、おばちゃんが待っていたくれた。
「ねぇさん、これ」
 おばちゃんが寄こしたビール片手に部屋にもどった。窓からの花の匂いはもっと強くなっていた。
 夕べから今朝にかけてフェリーはものすごく揺れたっけ。フェリーはほどんど揺れないと思っていたのに。船酔いも久しぶり。
 さっきまでを反芻してみる。

島に上陸したものの/レンタカー

 フェリーが遅れに遅れ、入港後に民宿に連絡を入れたら、迎えの車はすでに港を出てしまったという。
「ごめんなさいね、連絡したんだけど、うまくつながらなくて。小さいお子さんがいたので、先にもどらせてもらったの」
 民宿のおばさんが優しい声で言った。
「1時間くらいかかると思うけど、港でまっていてくださいね~」
「はい、よろしくお願いいたします」

 そういえば、レンタカーで島を回る、と知らせてあった。もう予約していると思われたのだろう。下船に手間取って最後になってしまったし・・・と、いろいろと他人のために言い訳している自分。自分の段取りの悪さにも嫌気がさす。もう40だというのに。いやいや、30台だまだ。
 目の前のレンタカーの看板の店に入り、予約を確認する。明日からの予約だったが、車庫にある車でよかったら今から使えます、といわれ、契約変更することにした。レンタカー屋の窓から夕陽の最後の光が見えた。
 軽でオートマで。ほっとする。
 エンジンをかけ、ナビを確認、書類を見せてもらって・・・申込書に記入した。
 待っている間に民宿に電話して
「レンタカーを借りられたから、自力で行きます」
と断った。電話口から明るい笑い声
「安全運転で来てくださいね、夕飯はどうしますか」
もう7時半だ。着いてから食べたら迷惑だろう。小さな民宿を選んだのだ。
「申し訳ありません、キャンセルしてもいいですか」
「はい、大丈夫です」
 慣れない道だが8時には着くだろう。フェリーターミナルに引き返しておにぎりを買う。戻ると車の準備ができていた。
 車を受け取って、ナビを付けた。

 最初の10分、ウキウキとした気分が止められない。道路を睨むように肩をガチガチにして、と、自分でも自覚があるほど緊張しているのだが、思い切って来ることのできた自分をほめてやりたい気分なのだ。不慣れな道で制限速度の半分くらい、きょろきょろとしながらのろのろ走った。街を出るとホッとする。

 夕日を背にして右ななめ前を見る。と言っても、夕日の名残りくらいしかない。
 民宿は、港から北東に向かって真っすぐのはず。大きな樹の隣りに看板があるのだったな。グーグルマップで予習済みだ。

迷子になった

 その予習の景色と今の景色がつながらない。しかも。海は右で、夕日(まわりはもう暗くなっているけど・・・丘に名残りの光)は左。これって、北に向かってない?
 冷静になるとナビも変だ。目的地は後ろ?
 大きな公園がある。周りに車がないのを確認して止まる。心配性なので、公園の駐車場に入ることにした。

 ナビを確認する。目的地は後ろというより、左手だ。確かに変だ。スマホを出してマップをもう一度見る。島には港が3つある。嵐のせいでどうやら違う港に入ったらしい。
 そういえば、迎えの車が港に戻るのに1時間かかる、というのも変だった。変と思うべきだった。
 民宿に電話して、遅れると伝えた。公園名を言うと
「あれ、反対に走った?今日は港変わったからねー、引き返してね、30分もあれば大丈夫、待ってますよー」

 声を聴いてホッとした。とりあえず、おにぎりを食べることにした。
 窓を全開にする。潮の香だ・・・波の音も聞こえる。
 もう一段、ホッとしてゆっくり体を伸ばす。と言っても、運転席だから限度があるけれど。
 いつもなら絶対しない失敗も、しょうがない、と自分を許す。
 海の音が一段と大きくなる。
 真っ暗な中、エンジンをかける。海の音が聞こえなくなった。まずは、宿につくのが先決。キリリと決心する。唐突に、島では道路に寝ている人がいるから慎重に運転しないと、と書いてあった記事が思い出された。

 今度はナビ通りに車が動く。とりあえず最初についた港までは順調だ。港に寄らずにそのまままっすぐ。道路はどんどん良くなる感じだ。
 予習した通りにはいかなかったけど宿にどんどん近くなる。
 大きな樹が見えて手前に看板。あ。ここだ。
 細い道を入っていくと行き止まりになった。多分ここに車を止めるのだ。

 車を止めると、突然人が現れた。
「やっぱり。順調にこれたのねー」
 語尾がやさしい。
「暗い中だと、玄関見つからないと思って迎えに来たさー」
 確かに。家がある気がしない。
 おばちゃんは荷物を持ってくれようとしたけど、
「大丈夫」
というとニコニコして大きな樹を回るようにして
「おいで」
と言った。木を回ると小さな玄関が見えた。石段を下りていくと花のいい香りがした。
 石段を下り切ったところが入り口で、左手に海が見えた。民宿は崖の上に建っていた。左手、海の手前は広場になっていて、洗濯竿があった。

 星がきれいだ。明日は夕陽の写真を撮ろう。あこがれの。

 そして冒頭につながる。おばちゃんはニコニコと案内してくれて、
「ついたねー、お茶、飲みなさい。それからよ」
と言った。(2,866)

第2話 https://note.com/haruka460/n/n141ce7db2163
第3話 https://note.com/haruka460/n/n40c0fb60df54
第4話 https://note.com/haruka460/n/nb18c2079c4da
第5話 https://note.com/haruka460/n/ne67da899629f
第6話 https://note.com/haruka460/n/n9e1cb4cd6204

第7話 https://note.com/haruka460/n/nd20eb35b0158
第8話 https://note.com/haruka460/n/n48fec34ca8ca
第9話 https://note.com/haruka460/n/n8f013309296e

 

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?