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戦う姫レインハード

「私は許しませんよ。エリス。見損ないました。」
「申し訳ございません。姫様。」
エリスは床に片膝をつき、頭を垂れて真っ直ぐな声で言った。
「私は・・・、私は、あなたに謝ってほしいわけじゃない。頭を上げなさい。」
私は、唇を固く結んで堂々と私を見上げるエリスに近づき、その頬を平手でぶった。エリスはその反動で一度床に倒れたものの、またすぐに肩膝をついた元の姿勢に戻った。
「国を捨てるということは、私を裏切るということよ。あなたともあろう人が、それを知らないはずはないわよね。」
「はい。存じております。姫様。」
「私を裏切った大罪人として、今ここであなたを殺すことだってできるわ。エリス・・・。もう一度聞くわ。あなたはそれでも、全てを捨てて、この国を出て行くと言うの?」
「はい。姫様。私は、この争いから逃れて、ソヴェール国の姫を迎えに参りたいと思います。」
「黙りなさい。」
私は持っていた剣をエリスの喉元に突きつけて叫んだ。
「よりによってあなたは、敵国の姫に恋をしたと申すのですか。」
鋭い先がエリスの柔らかい肌に食い込んで、僅かに血が流れた。
「一目見たときから忘れられないのです。あの美しい、愁いを帯びた横顔が。許してくださいとは申しません。たとえこの場で姫様に切り殺されたとしても、もう、私の想いは止められないのです。」
誠実で、揺るぎない声。今まで誰よりも近くで、私を導き続けてくれた声だった。
「ねぇ・・・、エリスは忘れてしまった?子供の頃、誓い合った復讐を。一夜にして全部奪われた、私の父や母も、あなたの家族も、美しいこの国の景色も。もう良いって言うの?あの憎しみを忘れたの?」
今でもありありと脳裏に焼きついている瓦礫に埋まった私の国。かつて花で溢れた都は、ところどころから煙が立ち上り、鼻をツンと刺激する、死の臭いがした。
「忘れてはおりません。家族や国を失った悲しみや怒りは、今もこの胸の奥に刻み込まれています。」
「・・・ならどうして?どうして全てを奪った国の姫に、恋なんて・・・。」
「きっと、過去の過ちや憎しみは許し合えるはずです。私たちはもう、争いを続けてはいけない。そこには新たな悲しみや怒りしか生まれないのだから。私は彼女と出会って、そう、思うようになりました。恐れながら、私はもう姫様と一緒には戦えません。」
真っ直ぐな言葉。あなたはいつもそうだ。固く鋭く光る意志を、鎧の奥の胸に宿して、どんな時も、未来を見失わない力がある。私はエリスから目を逸らすと、血のついた剣を拭いて鞘に収めた。
「そう・・・やっぱりあなたも、所詮、他の男と同じなのね。軍服を着て、全身に血のにおいを纏って、敵に剣を振りかざす私なんかより、ドレスで着飾って、甘い香水の香りを振りまき、白く華奢な体でダンスを踊る、そんな女性が良いのでしょう・・・?」
私がとうの昔に諦めた未来だ。私には最初から、そんな未来なんて与えられていなかった。それでも、エリスが隣に居てくれたから、私は戦って来られたのだ。いや、そうじゃない。本当は、あなたの隣に居るために、戦っていたのかもしれない。復讐という名の絆さえあれば、あなたはずっと私の隣に居てくれると思っていた。
「姫様。私は本日まで、あなたの隣で騎士として戦うことができて、幸せでございました。」
エリスの言葉に嘘は無いと分かった。どこまでも誠実な私の騎士であった。私の大切なものは、また、あのソヴェールという大国に奪われていくのだ。


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