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作品の感想

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読んで良かった本、観て良かった映画の感想📕
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我々が本当に恐れるべきもの|『悪は存在しない』考察

先日、濱口竜介監督の映画『悪は存在しない』を観た。 前作『ドライブ・マイ・カー』の静かな世界観と、それを彩る石橋英子さんの音楽が好みだったので、再び同じタッグの作品を楽しみにしていた。 しかし本作を観た時、いい意味で裏切られた気がした。一つの映画の中に静けさと混沌が同居しており、かなり考えせせられたのだ。 今回はストーリーの意味自分なりに紐解いて、順に考察していきたい。 ※ここからは作品内容のネタバレを含むため、ご注意ください。 都会と田舎におけるスピード感の違い冒頭は

特別にはなれないから、せめて

小川哲さんの『君が手にするはずだった黄金について』を読んだ。 小川さんのことは『村上RADIOプレスペシャル』のパーソナリティとして知っていたが、著書を読むのは今回が初めてだった。 「優れた小説は書き出しから違う」とはよく言うが、本書はまさにその通りだと思った。自分とは何か、人生とは何かという命題についての問いを、問いのまま見事に言い表していたからだ。 本書は六章からなる短編集である。驚きなのがどれもその主人公の名が「小川」であることだ。著者の苗字や経歴と重なることもあり

インスタにもTikTokにも載せることのできない青春

『どうしようもなく辛かったよ』を読んだ。 著者の朝霧咲さんは本作を高校時代に執筆し、第十七回小説現代長編新人賞を受賞した。 「正直、羨ましい」 著者略歴を読んだ時はそう思ってしまったが、一度本を開けばその感情すらも朝霧さんの手中にあったのではないかと思わされる。 なぜなら本作では、人が隠して生きている自己顕示欲やプライドが事細かに描かれているからだ。 物語はとある中学校のバレー部を舞台に、所属する五人それぞれ視点で章ごとに展開していく。 中でも印象に残ったのは前半部分であ

抱いてはいけない感情はない

『妊娠カレンダー』は表題作の芥川賞受賞作品を含む、三篇からなる短編集だ。 小川洋子さんの作品は入り込めるものとそうでないものがあると思っていたけど、本作を読んで彼女の作品を選り好みせずに読んでみたくなった。 表題作の『妊娠カレンダー』は、どこか客観的な冷めた視点で妊婦の姉を見つめる妹が主人公である。何に不満を持っているか定かではないが、生きているうちに沈殿してゆく"他者の言動や行動に対する気持ち悪さ"みたいなものを姉に食べさせる毒薬入りのグレープフルーツに忍ばせているところ

仕事にも"生きがい"を見出してみたい

外出先で神谷美恵子さんの『生きがいについて』を見つけ、思わず手に取った。 以前読もうと思ったことがあるものの、難しい内容であることを懸念して購入していなかったのだ。 仕事にやりがいを見出せない今だからこそ読むべきだと思い、今度は購入を決意した。 いざ読んでみると細かい章立てや引用があり、かなり読み易く感じた。 著者の神谷美恵子さんは、戦後のハンセン病患者を精神面で支えた精神科医である。本書でも国立療養所長島愛生園の患者が事例として何度も登場する。 興味深いのは、愛生園の患