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令和五年三月某日

体育館に入って真っ先にわたしの脳裏に浮かんだのは、寒い寒い日の記憶。

ストーブにあたりながら壁に貼られた入試問題を眺めていた。あの子は今、この問題と戦っているのか。そう思うと寒さ程度でぐちぐちつぶやいている自分が、なんだか恥ずかしくなった。

あれから、6年。
同じ体育館にわたしは立っている。
入学式の日咲いていた桜は、まだつぼみ。
秋には見事に色づく銀杏並木も、いまは寒々しい。

抜けるような青空の下に掲示された、
「令和四年度 卒業証書授与式」の文字。

正直、楽しい思い出ばかりではない。
成績不振で何度も呼び出された。
遅刻も多くて、ほんとうに卒業できるのだろうかと心配になった。

コロナ禍で中止になった数々の行事。
体育館へ向かう途中で横を通った食堂に、透明なついたて。楽しいはずのランチを阻む分厚い壁。
奪われたもののあまりの大きさに、こころが締め付けられる。

成績は低空飛行。部活もそこそこ。課外活動も皆無。
見てくれも、いたって普通。

だけど、知っているよ。
部活の後輩からもらった手紙を、ときどき大事そうに読んでいることを。
どこまでも果てしなくやさしすぎて、言葉が紡げなくなることを。
相手の迷惑を考えすぎて、自分をがんじがらめにしてしまうことを。
苦しくても、学校に通い続けたことを。

傷つくことも多かったあなたのこころを、きちんと支えられる母でなくてごめんなさい。

かわりに、あの子のこころを支えてくれた場所。
ありがとう。さようなら。

娘よ。卒業おめでとう。

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