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慶太と春馬のあいだに 『おカネの切れ目が恋の始まり』

2020年秋。ひとつのラブコメドラマが放送された。

わずか4話で終了することが最初から分かっていたそのドラマを、しばらく観ることはできなかった。ちょうど悲しみのどん底に居て、何をしても何を観ても、子どもの顔を見ていても涙が流れてくる始末だった頃。

そんなわけで三浦春馬さんの出演ドラマ最新作・『おカネの切れ目が恋の始まり』を観られたのは、放送からかなり経ってから。1年近く経っていたと思う。

春馬さんの出演作を中心に観たミュージカル、映画、ドラマの数々は、多くの表現者たちとの邂逅をわたしにくれた。春馬さんの愛した世界と、わたしたちをつなごう。そう決めたら自然と、『カネ恋』と向き合う勇気があちらからやってきた。

画面の向こうの猿渡慶太は、どうしようもないがどこまでも憎めず、愛おしいやつ。おこづかい帖に並ぶ数々の出費のなかには、「経理部のみんなに差し入れ!」だとか、「営業部にお土産!」といった文字が見え隠れする。180円のかけそばを店主から受け取るとき、小さく「ありがとうございます」と言う。ちゃんとしてないけれど、ひととして肝心なところがちゃんとしていて、キュンとさせられる。掛け値なしの人懐こい笑顔の流星群。三浦春馬の笑顔は、何種類も、何度も観てきたけれど、こんな小型犬のようなかわいらしさを観たおぼえは無い。あっけらかんとした愛されキャラなのに、どこか憂いもある。頼りがいはないけど、抱きしめてあげたくなる。

この作品の芝居の見せ場は、なんといってもクライマックスの場面。主人公の玲子(松岡茉優さん)が失恋し長い髪を切り落とし、スッキリするはずなのにスッキリしない!と号泣する場面だ。15年にわたる重い重い想いを吐き出さずにはいられない玲子。長く抱え続けたほころびは、あまりに大きくなっていて自分だけでは繕えなかったから。いちばんカワイイ自分で行けるようにと、フリマでアクセサリーを一緒に選んでくれる慶太に、無意識にほころびを繕う手伝いをしてもらう。

松岡茉優さんは、底知れぬ演じ手である。ただ上手いというだけではない。向き合う相手を飲み込んでしまいそうなスリルを身にまとっている。いったいどれほどのものを、相手を飲み込んできたのだろうか。ゾクゾクするようなお芝居を彼女が繰り出す瞬間を、ほかの作品で何度も観た。

そんな松岡茉優さんがまた相手を飲み込みそうな芝居を繰り出した刹那、慶太の目から涙がポロっとこぼれ落ちる。

「慶太って泣くんだ?ここで?」

そう思った瞬間、慶太が涙をぬぐった。何事も無かったかのように、また慶太がそこにいた。あれ?今泣いたよね?慶太?慶太ってこういうところで泣く?今のは春馬さん?

あまりに一瞬の出来事。玲子と慶太が、松岡茉優と三浦春馬にまばたきの間だけ接続する。底知れぬ演じ手の本気に接して、勝手にこぼれてしまった涙。

三浦春馬さんは、近年の作品だと役と薄皮一枚隔てただけ、という絶妙な加減で向き合っているように思える。『アイネクライネナハトムジーク』、『tourist』、そして『カネ恋』。この役との距離感の近さは、映像芝居における究極形と言えるのではないか。

『カネ恋』のクライマックスシーンでほんのわずか幽体離脱をみせてくれた役者は、次の回ほぼ姿を見せない。だが、ちゃんとそこにいる。

慶太の残した余韻を一身に引き受け、玲子は父に会いに行く。ついてくる板垣(北村匠海さん)を巻こうとする。だが慶太代わりの猿彦は抱えたまま。不安なときそばにいてほしいのは板垣ではなく、慶太。

慶太の残り香は、ラストシーンの玲子の表情に独特の香りをつける。少し怒ったような、でも待っていた人が来てホッとしたような。彼女の視線の先にいるその人は、どんな顔をしているだろう。慶太の人懐こい笑顔を思い浮かべながら、玲子との幸せをつい祈ってしまう。

ラブコメではあるが、名優同士のぶつかり合いが生み出す芝居の化学反応が見もの。『カネ恋』の三浦春馬、いや猿渡慶太のチャーミングさは彼にしか出せなかっただろう。松岡茉優さんと三浦春馬さんが作り上げるふたりの幸せな未来をつい想像して、笑顔になる。

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