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短篇小説:きみとキャンディを食べたいから

ケンカした友だちと謝り合うお話。約2300字。


「あたし、実は、三十年後から来たの」

 放課後になり、校舎を出たところで私を待ち伏せていた菜々美は、仁王立ちになってそんなことを言いだした。
 菜々美の顔は大まじめ。
 けど、突っ込むだけでバカらしいし、そんな気分になれない。菜々美の横をすり抜け、私は校門目指して歩いていった。

「あー、もう、待ってってば! 無視しないで! せっかく三十年後から紗良ちゃんに会いに来たのに!」

 演劇部らしく、菜々美の声は通り過ぎる。仕方なく、私は渋々歩調を緩めて菜々美が追いつくのを待った。紗良は尾をふる子犬のように小走りでやって来て、嬉しそうなその顔に毒っ気を抜かれてしまう。
 昨日も一昨日も、気まずくてひと言も口をきかなかったのに。

「三十年って、なんの話? どこからどう見たって、菜々美は高校三年生なんだけど」

 仕方なくそう突っ込むと、菜々美はへへっと笑う。

「意識だけこの時代に飛んできた、タイムリープ的な?」

 あー、はいはい、なるほど。

「今日は、そういう設定ってわけね」

 菜々美は即興劇が好きだ。部室でも教室でも、タイミングさえあれば適当なキャラをこしらえて演じてくる。
 こっちの迷惑なんておかまいなし、そんなふうに演劇が大好きな菜々美だから、私は一緒にやってきた。
 なのに。

「で? 三十年後の菜々美は、なんで私に会いに来たの?」

 すると、菜々美はふいに真面目な顔になって。
 私の手を取った。

「紗良のこと怒らせて、気まずくなって話せないまま高校も卒業して大人になっちゃって……ずっと後悔してた。謝りたかった。本当にごめん!」

 ――先週末に、高校生活最後の演劇部の定期公演があった。

 そこで、菜々美は思いっきり足を滑らせて、大道具を壊すようなミスをした。即興でなんとか繋いだけど、舞台はぐちゃぐちゃなまま幕を閉じた。
 でも、菜々美だってわざと転んだわけじゃない。そんなことくらい、みんなも私も、もちろん菜々美だってわかってたはずなのに。

 ――ごめんなさい! 最後の舞台だったのに、本当に本当にごめんなさい……!

 菜々美はこれでもかと泣いて謝り、誰の慰めもフォローも聞かなかった。

 三年生にとっては最後の舞台だった。だからこそ、そんなふうに自分一人で何もかも背負うように謝る菜々美に腹が立って、私と菜々美は言い合いになり、気まずくなって今に至る。

「紗良ちゃんが主役の舞台をめちゃくちゃにしちゃったこと、本当に悲しくて、自分が許せなかった。……でも、だからって、それで紗良ちゃんとケンカなんてしたら、それこそ本末転倒だったよね。紗良ちゃんが言ってくれたように、もう自分を責めるのもやめる。紗良ちゃんとケンカしたくないし、やり直したい。お願いします!」

 菜々美の声はやっぱりよく響く。
 そして、菜々美は交際でも申し込むかのように、ガバッと頭を下げた。
 通りすがる生徒たちが、不思議そうな顔で私たちを見ていく。

 ……あーもう、しょうがない。

「それはその……つまり、三十年も引きずりそうなくらい、菜々美は色々後悔して、私に謝りに来たってこと」

「まぁ、うん。そういうことで、いいです!」

 頭を下げたままコクコク頷く菜々美の姿に、はっていた意地とか色んな気持ちが抜けていく。
 私だって、一番の友だちといつまでもケンカしてたいわけじゃない。

「うん、わかったから、頭上げて。私こそごめん。でも、もう一度だけ言う。舞台のことは、菜々美が責任を感じるようなことじゃないからね!」

「わかった!」

 顔を上げた菜々美は、見慣れたいつもの笑顔。つられて、私まで笑ってしまった。
 ……三十年後から来たって設定、もう忘れてるんじゃない?



 そうして二人で駅までの道を歩いていたところ、途中で菜々美に強く腕を引かれた。

「紗良ちゃん、コンビニ行こう! あたしおやつ買いたい!」

「おやつ……って、菜々美、ちょっと前からダイエットしてたじゃん」

「そうだっけ?」

 菜々美はごまかすように目をくるりと動かし、でも私の腕は掴んだまま離さない。

「ちょっとおやつ抜いたくらいじゃ効果ないしさ! おやつを買おう、買わせてください! 紗良ちゃんと一緒に買いたい!」

 別に、ちょっと寄り道をするくらいはかまわない。菜々美と途中のコンビニに寄ることにした。
 菜々美はコンビニの自動扉をくぐるなり、なんだか物珍しそうにキョロキョロし、キャンディなどが並んでいる棚に近づいていく。

「わー、これ懐かしい! あ、こののど飴、この頃から売ってたのか!」

 どうやら、タイムリープ設定をまだ引きずっているらしい。

「紗良ちゃんはどれ買う?」

「私は買わないけど」

「どれも懐かしすぎて迷うなー」

 中腰になってじっくりキャンディを選んでいる菜々美から、ふと視線を逸らした、そのときだった。

 ドンッ、と地面が揺れるような大きな音がした。

 店内にいたほかの客が、「あれ」と窓ガラスの向こうを指さす。
 さっきまで私たちが歩いていた通学路。そこで、ワゴン車と乗用車が正面衝突していた。
 双方の車体は折り紙のようにひしゃげ、たちまち辺りは騒然とし始める。
 車の近くには、ケガをしたのか、地べたに座り込んでいるうちの高校の生徒の姿もあった。安全なコンビニの中からそれを観察するようにじっと見つめて。

 すぅっと血の気が引いていった。

 ……もし、菜々美に誘われてコンビニに寄っていなかったら。
 あそこでケガをしていたの、私だった……?

 視界のすみで動くものがあってハッとした。
 ミルクキャンディのパックを手にした菜々美が、ゆっくりと立ち上がる。

「これ、いつの間にか販売中止になってたんだよね。また買えるなんて嬉しいなぁ」



リハビリがてら久々に短編書いてみました。
noteに短篇を上げるの、2年ぶりでびっくり。


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