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脚本起こし / 水本さん

今回取り上げるのは脚本家・坂元裕二氏率いる脚本領域制作による短編会話劇『雑談会議』の『水本さん』。テンポがよくて生産性のない屁理屈のやりとり、すれ違い、不意の緊張感がとても好みの映像だったので脚本を起こしてみました。脚本執筆は坂元裕二氏、監督は清水俊平氏。

あらすじ

残業中の日野(高嶋芙佳)が、会社の送別会で使用する紙コップに社員全員の名前を記入していると、亡くなったはずの同期・水本(三浦透子)が現れる。
饒舌な水本は、さまざまなトンチを使って日野を死後の世界に遊びに来るよう誘う。
アッパーな水本に最初は怪訝そうな日野であったが・・・。

脚本

○オフィス・内(夜)
(日野、紙コップにサインペンで書き込んでいる)
(水本、向かいに座り、日野を見つめる)
水本:犬は言葉がわからなくても、人の気持ちがわかるじゃないですか。いまその要領で話しかけてるんです
日野:(手作業しながら)説明になってないと思いますけど
水本:水本ですよ
日野:水本和美さん
水本:日野あゆみさん。我々同期だったじゃないですか
日野:でも水本さん死んだじゃないですか
水本:(呆れながら)そこですか
日野:まずそこだと思いますけど
水本:まあ、あれは事故だったんで
日野:同情はしてますけど、亡くなられてもうだいぶ経つし
水本:人って見たいものしか見ないっていうじゃないですか。日野さんの中に私を望む気持ちがあったんだと思うんですよね
日野:そうなんですか
水本:(立ち上がって日野の隣に行きながら)生きてたときはいつも一緒にお昼食べに行ったりしたじゃないですか。日野さんが会社批判とかしたりして
日野:あれは愚痴っていうか
水本:怒ってましたよね、仕事中にノンアルコールビール飲んで何が悪いんだって、コーヒー飲むのと何が違うんだって
日野:あれはでも考えてみたら、ノンアルコールビールもビールも、ビールはビールなんじゃないかなって
水本:そういう…ことでいったら、喪命人間も命人間も人間は人間じゃないですか(日野の肩に手をかけながら)
日野:命なかったら人間じゃないんじゃないですか?
水本:ちょっといま、喪命人間側からしたら聞き捨てならない発言なんですけど
日野:あの、ちょっとすいません
水本:はい
日野:顔近いんで
水本:いつもこんな感じだったでしょ
日野:いや、前より近いです
水本:ほんとに?私距離感わかんなくなったのかな
(水本、顔を離す)
日野:私に何か用ですか?
水本:前に話したじゃないですか、人って死んだらどうなるのかなって。どっちか先に死んだら現れて死んだ後の世界がどんな感じが教えることにしましょうよって
日野:まさかそんなの可能だと思ってなかったから
水本:可能だったんでね、きたんですよ
日野:それは、はい
水本:私ね、一個ね、わかったのは、生きてる人って死んでる人に対して偏見持ってると思うんですよ
日野:そうですかね
水本:死後の世界って、舌抜かれるとか、血の池が〜とか、グロっぽいマイナスイメージで伝えるじゃないですか、マスコミが
日野:マスコミ?
水本:偏向報道だと思うんですよあれって、逆にお花畑とか虹とか極端な田舎感出してきたり。ファッションにしても白いものしか着てないとか
日野:(思いついたように)髪の毛長すぎとか
(水本、日野に冷たい目線を向ける)
日野:ごめんなさい
水本:いいですよ、茶化されるの慣れてるんで。で、マスコミの人はすごい年収高い…
日野:あの、すみません水本さん
水本:はい
日野:私いま仕事中なんで、終わってからで…
水本:何時終わりですか?
日野:こっちから連絡しますから
水本:そうですか。じゃあ携帯変わったんで
(水本、かばんからスマホを取り出す)
日野:え?
水本:ん?
日野:携帯あるんですか?いや、あ、あると思うんですけど
水本:それがマスコミの洗脳ですよ。なかったらどうやって連絡取るんですか
日野:何番ですか?
水本:090…
日野:090なんですか?

日野:なんですよね
水本:これ、これ番号…はい
(水本、日野にスマホの画面を見せる)
日野:そっちって…死んだ人みんないるんですか?
水本:みんないますよ。私があった中で一番の有名人は遣唐使です
日野:遣唐使
水本:船すごい揺れたって。あとね、余命三ヶ月の花嫁にもこの間会いました
日野:そうですか
水本:ねえ日野さん、一回来てみれば。来たらすぐわかるし、全然あっちもこっちも変わらないってこと。ねえおいでよ
日野:私がそっちにですか?
水本:来たい人いたら誘って大丈夫だよって言ってたから
日野:誰がですか?
水本:幹事
日野:幹事?
水本:友達呼びなよって
日野:それって私に死ねってことですよね
水本:携帯の番号変えずに行けるよ。キャッシュバックあるし
日野:水本さん、私を殺そうとしてるんですか
水本:殺そうとしてないよ
日野:でも、こっちくればいいのにって思ってるじゃないですか
水本:それは思ってますよ
日野:行って、私何かいいことあるんですか
水本:唐揚げ、手で食べても手に油つかないです
日野:え?
水本:ポテトチップスとか食べてもそのままこう、DVDの取り出しとかできます、向こうは
日野:いやでも、手拭くから大丈夫です
水本:ポルターガイストできますよ、さっき私来る前一回急に電気消えましたよね
日野:あっ、あれポルターガイストだったんですか
(電気が消え、ガタガタ揺れる)
水本:これ。引き出しガタガタさせたり、ドアバンバンってできます
(電気が消え、ガタガタ揺れる)
水本:全然簡単にポルターガイれます
日野:水本さん、生きてるときからプレゼン下手でしたもんね
水本:え?
日野:全然そっちの世界に魅力感じないっていうか。もうそろそろ帰ってもらえません?
水本:一緒に行こうよ
日野:嫌です
水本:2泊でいいから
日野:嫌です、生きてる方が楽しいですもん。死んだらおしまいですもん
水本:日野さん、今まで私の話聞いてた?喪命人間だって、人間…
日野:絶対嫌です。
(水本、日野を見つめてなにかを決意したように服を脱ぐ)
日野:なんであけてるんですか?閉めてください
(電気が消え、ガタガタ鳴る)
日野:私は生きていたいんです
(電気が消え、水本が消える。さっきまで水本が座っていたイスがくるくる回る)
日野:水本さん?水本和美さん?
(急いで電話をかける)
日野:あ、もしもし伊藤さん?いまね、私水本さんの幽霊みた。すっごい怖かった。あ、そう、携帯の番号教えてもらった。まじでまじで。いやかけないよ、かけるわけないじゃん。だって幽霊だよ。こわーい…
(階段から誰かが降りてくる足音が聞こえる)
日野:あ、ごめん、かけなおすね
(水本、階段から降りてきて、イスに座る)
日野:(恐る恐る話しかける)帰ったんじゃなかったんですか?
水本:…え?もう着いたよ
日野:…え?


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