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【短編小説】 ホラーチャンネル 【#2000字のホラー】


#2000字のホラー

「今日も見ようよ、あの人の動画!」
動画配信サイトのホラーチャンネルが大好きだ。
心霊スポットで撮影した動画をハラハラドキドキしながら見る。
それも、自宅という安心安全な場所でくつろぎながら見るのがまた最高。


美希は、夫の直樹と一緒にホラーチャンネルを見ていた。
「何かいる」「声聞こえた」なんて、まるで霊能者にでもなったような気分で談笑する。

『どうも~心霊ブラザーズで~す』『今日もね、心霊スポットをね、探索しま~す』『ここは男性の幽霊が追いかけてくるらしいんですよ~』

画面の中で男性二人が暗闇の中を進む。

「あ!今なんかいた!」
美希が指さして言った。

「ええ?何もいなかったけど…」
直樹は動画を15秒ほど戻して、もう一度再生する。

「あれー?」
「なんにもないじゃん。びびらせないでよ。」
「今のは自信あったんだけどなあ。」

美希にはこういうところがある。
そこもホラーチャンネルを見るうえで一つの楽しみになっているからと直樹は笑う。


『どうも~心霊ブラザーズで~す』『今日はね、あの人気のね、心霊スポットを探索しま~す』『ここは女性に呼びかけられるって噂が後を絶たないんですよ~』

どうやら今回は心霊スポットの中でも名のある公園で撮影した動画らしい。

「これは期待できそうだ」
「ほんとに聞こえちゃうかも」
二人で顔をあわせて笑う。

『ねえ』

「あ!いま!聞こえた!」
美希が両耳の横に両手を添えて、聞き耳をたてるようなポーズで言った。

「ほんとー?」
「まじだって、戻してみてよ!」

動画を戻してもう一度再生する。

『ねえ』

「わー!聞こえた!やばー!!」
美希が叫ぶ。

「…俺は聞こえないなあ。やっぱ霊感ないのかな。美希は本当にあるのかも。」
「やだー嬉しいけど、あったらあったでやだ。」
「なにそれ」

思い込みか。はたまた耳鳴り?環境音?
本当に幽霊の声が聞こえるならそれはそれで面白いけど。だってこれ、動画だよ?自分たちが心霊スポットに行っているわけでもないのに。
直樹は気にせず動画を見続けた。
美希も一通り騒いだあと、また聞こえるかもと動画に集中する。
「たまたまそんな雰囲気の音が聞こえた」という、その一瞬のドキドキ感が味わえればそれでいいい。


動画を見終わって、就寝。いつもの一日が終わる。


夜中、直樹は突然美希に起こされた。
「なに?」
「なにって、いま呼んだでしょ?」
「ええ?」
美希が言うには、直樹から呼ばれて、それで起きてしまったらしい。

「呼んでないよ」
「えー、寝言?ごめん、起こして。」
「いいよ。おやすみ」


翌朝、美希がやたら眠たそうな顔をしていた。
どうやら直樹の寝言のせいらしい。何度も何度も美希を呼んで、そのたびに起きてしまったのだとか。

「寝言なんて言わないタイプだと思ってたんだけど…」
「昨日は特別にすごかったよー。まじ眠い。」
「なんかごめん。気を付けるよ。気を付けようがないけど。」
「たしかにね。無意識ってこわー。」

そんな会話をしつつ、朝の支度を整えて仕事へ行く。
仕事を終えたら、いつもどおり二人でご飯。そして動画を見ながら晩酌。
またいつもの一日が始まって、終わっていく。


『ねえ』


「いやあああ!!!」

夜中、美希の叫び声が寝室内にこだました。
直樹は飛び起き、電気をつけて美希を見る。
美希は真っ青な顔で震えていた。

「ど、どうしたの」
「・・・・・・えた・・・」
「ええ?」
「聞こえたの!!『ねえ』って!直樹じゃない!女の人の声!!耳元で!!」

見たことのない取り乱しようだ。
とにかく、落ち着かせなければ。美希の横に座り、肩を抱いて話しかける。

「ほら、ああいう動画ばっかり見てたからさ、変な夢でも見たんだよ。明日はなんか笑えるやつ見ようよ。」

美希は直樹の言葉にうんうんと頷いた。落ち着いてきたようだ。美希が少し微笑んだ。
「そうだね。ごめんなさい。驚かせて。ねえ、もう大丈夫。」


ふたたび眠りについた少し後。
「ねえ」
美希に呼ばれた。

直樹は目を閉じたまま返事をする。
「なにー?」
「ねえ」
「だからなに?」
「ねえ、ねえ、」

明日も仕事なんだから寝かせてくれ。少しイラつきながら美希を見る。
ゾッとした。

笑っている。

「ふふ。ねえ、もうだいじょうぶ。ありがとう。ねえ。ふふふ。ねえ。」

おかしな夢を見て、気が動転してしまっているのかも。
きっとそうだ。
とにかく今は眠って、また明日、いつもの一日を始めよう。
直樹は無理やり目を閉じ、朝を待った。


『心霊ブラザーズの弟です。この動画を見ている人、だれか、助けてください。兄が、兄がおかしくなって。あいつ「ねえ」としか言わないんです。女みたいな声で。絶対おかしいよこれ。誰か。心霊に詳しい人。お願いです。もう心霊スポットなんか行かないから。ねえ、本当に。お願いします。』


直樹は、あれから動画を見ていない。
なにを、どこで、どうやって見ようと、意味がないことを知ってしまったから。

美希は今でも、不気味に笑いながら俺に話しかける。

「ねえ」

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