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あの時間、あの空間、たしかにあそこは”まほろば”だった。#ナイトソングスミューズ

私にとって書くことは、表現であり呼吸である。書いている間は、苦しみを何処か遠くに置いておける。もしくは、抑え込んだ感情を放出できる。自身が描いた世界で、私は何処までも自由でいられた。


私の生い立ちはプロフィールにもある通り、あまりやさしくない。私自身にとっても、読み手にとっても、やさしい世界ではない。そんな世界で生きてきたからこそ伝えたいものがあった。知ってほしい現実があり、届いてほしい祈りがあった。

現実と祈りは境界線上で曖昧に重なり合っている。それなら、両者を織り交ぜて伝えればいい。そう思い、その時々で伝えたい想いを言葉に乗せた。


この夏、こちらのコンテストと出会った。

『Night Songs コンテスト*Muse*』

先日、Muse杯の結果発表があった。ズームによるオンラインイベントは、主催の嶋津さんをはじめ、運営の皆さまの温かな雰囲気で幕を開けた。互いの作品の素敵なところを伝えあう。画面越しの「はじめまして」や再会を喜びあう。気の置けない仲間同士が集まったときのような緩やかな空気が、やさしく流れてきた。

Muse杯は、広沢タダシさんの楽曲「彗星の尾っぽにつかまって」からインスピレーションを得て創作をする、という新しいカタチのコンテストだった。

広沢タダシのクリエーションとみなさんのクリエーションによるセッション、あるいは「対話」によって、ミューズを呼び起こす。
(※コンテスト紹介記事より抜粋)


創作をするにあたり、広沢さんの歌を繰り返し聞き込んだ。目を閉じ、耳から入る感覚を研ぎ澄ませ、曲の世界感にどっぷりと浸かる。何度目かのとき、思い入れのある二人と美しい海の夜明けが頭の中に自然と降りてきた。ちょうど1年ほど前にKojiちゃん「名付け親企画」に参加して書いた創作小説の登場人物、星司と藍。二人の未来を描きたいとずっと思っていた。広沢さんの曲が、私の元にもう一度二人を連れてきてくれた。

わたしが今いる場所がどこかなど知らない 
どこだっていいよ 
掴んでも逃げてく世界であなたがいる
それだけがリアル

ずっと探していた 近くにあったのね
やっとゆっくり腰を下ろせるわ


冒頭のフレーズを聴いたときから、物語のラストは決まっていた。しかしそこへ行きつく過程には大きな分岐点があり、どちらを選ぶかぎりぎりまで迷い続けた。私自身の体験に基づいて書くのか、その体験があったからこその願いを込めて書くのか。創作には正解も不正解もない。だからこそ、いつも擦り切れそうなほどに迷う。

結果的に私が選んだのは、後者だった。それはおそらく、自身の今現在の状況も大きく影響していた。


人は許容量を超える痛みを逃す術を、産まれながらに身に着けている。5歳の頃、大きな記憶を失った。おそらくそれが、最初だった。そこから繰り返し、同じようなことが起こった。私は記憶を、私自身から切り離した。生き延びるために。
2020年の8月、38年気付かずに生きてきた事実に辿り着いた。それにより取り戻した記憶の痛みは、あまりにも壮絶だった。

頭と心を容赦なく痛みが支配する。糧になどできない。見たくない。そう思えば思うほど、過去は追いかけてきた。

やさしい気持ちが、自分のなかからどんどん薄れていく。なくしたくない感情が枯れていく。書けない、読めない日々が続いた。それでもこのコンテストを諦めきれなかったのは、曲から感じた温かな想いが、自身の祈りと重なっていたからだった。

もがきながらでも書ききりたかった。ラストシーンに、どうしても二人を辿り着かせたかった。書いては消しを繰り返し、そのたびに曲を聴いて世界感を味わい直した。ひたすらにやさしい曲を聴いている間、呼吸が穏やかになっていることにふと気付いた。曲の持つ空気と音が、緩やかに内側に染み込む。じくじくした痛みが和らぎ、信じたい世界の色が少しずつ戻ってきた。創作に向き合う時間、私は過去に追われることなくその世界に入り込めた。そこは、私だけの安全基地みたいだった。


日々、たくさんの喪失があった。がりがりと削られる音を聞きながら、何処か他人事だった。私にとって家族は、温かい生き物ではなかった。でも、裏を返せば家族以外で温かいものはちゃんと在った。その最たるものが、創作物だった。

小説、漫画、音楽、映画、絵画。家を飛び出した後、様々なジャンルの創作物に可能な限り触れた。そこに在る世界は決してやさしいものばかりではなく、ときに私の体験を上回る痛みをも伴った。それでも、私は触れることをやめなかった。痛みの奥にはやさしさがあり、悲鳴の奥には願いがあった。そして、何処までも果てしなくやさしいもののなかには、しなやかな祈りがあった。

物語は、やさしい親の姿を私に教えてくれた。歌は、痛みをそっと撫でてくれた。映画は、現実と虚構の狭間で強いメッセージを与えてくれた。絵画は、たくさんの色がこの世界にはあるのだと静かに伝えてくれた。

両親が私に押し付けた痛みを、創作物が癒してくれた。両親が教えてくれなかった広い世界を、創作物が教えてくれた。気が付けば、毎日手が痛くなるほど文字を書き綴っている私がいた。創作は、私を生かしてくれた。

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ふたりのまほろば 手放したまやかし
花の咲く庭で リアルなまぼろし

ふたりのまほろば

ずっと”まほろば”が欲しかった。今も昔も、そういう居場所に強く焦がれている。「ここに居れば安心」と思える場所。それは私にとって、土地や国を指すものではなかった。

何処にいるかじゃない。”誰と”いるか。

”絡まり温めあえる”誰か。”まるで一つの生き物のように”、互いを想いあえる誰か。

そういう”ひと”こそが、私にとっての”まほろば”だった。


人はみな、愛されて生まれてきた。

物語のなかに、この一文をそっと置いた。短く、ありふれた言葉。それなのに、この言葉を信じられない世界で生きている子どもたちがいる。私も、そのなかの一人だった。だからこそ書いた。

創作は自由だ。信じたいもの、信じたかったもの、切実な祈り。何を書くか、書かないか。今回私は、”祈り”に重きを置いて書くことを選んだ。
人はみな、愛されて生まれてきた。この言葉を読んで「痛い」と感じる子どもがいない世界なら、きっとみんな辿り着ける。本人が望むならば、きっと。大切な”誰か”に。”ふたりのまほろば”に。


すべての命は海から産まれた。海は命で、私の故郷でもある。美しい空と海。ぼやけた水平線。石に交じってきらきら光るシーグラスを、何度拾っただろう。そのとき隣に居てくれた人が、私に言ってくれた。

「お前は生まれてきただけだ。何にも悪くない」

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コンテストの結果発表を、固唾を飲んで見守った。誰かが受賞されるごとに、コメント欄に「おめでとう」の文字が並ぶ。画面越しの笑顔や文字が、温かな祝福で受賞者を讃えている。顔見知りの方々の受賞が続き、お酒でこっそり乾杯しながら頬を綻ばせていた。

急遽決まったフェアリー賞、プリマドンナ賞の発表を終え、いよいよ最後にMuse賞(グランプリ)の発表となった。

私の作品と私の名前が、読み上げられた。


1年前に出会った二人の主人公たちの物語が、こんなにも素敵な場所まで私を運んできてくれた。広沢さんの曲が、二人の未来に光を与えてくれた。
とても嬉しくて、光栄で。それなのにあまりにも驚いてしまって、「ありがとうございます」以外の言葉がなかなか出てこなかった。

広沢さんが作品について語ってくれているのを聞きながら、夢見心地だった。そのなかでも特に嬉しかった言葉を忘れたくなくて、急いで手帳に書き残した。

「この人は信用できる、と感じました」

広沢さんは柔らかな口調で、温かな眼差しでそう言ってくれた。私はいつも、感情が昂ぶったときほど言葉を失ってしまう。「すごく嬉しいです」と伝えるのが精一杯で、一晩経った今も尚、昨夜の余韻に浸っている。

広沢さんに続いて、主催の嶋津さんからも嬉しいお言葉を頂いた。

「怖いものに対しても、そこへのアプローチがはるさんらしいんですよね。はるさんにしか書けない」

私にしか書けないもの。私が書きたいもの。真摯にそれと向き合い、丁寧に書き続けていく。その先にある未来はわからないけれど、諦めたくない願いがある。だからこれからも私は、文章を綴るだろう。


コンテストの結果発表の後、広沢さんが生歌を披露してくださった。その歌声は、彗星の尾っぽにつかまって夜空を飛び、国をも越えてたくさんの人の心に届いた。美しい声と曲が、奥深くに染みわたる。じわじわと溢れる滴を拭うのさえ惜しかった。片時も目を離せず広沢さんの歌う姿に目をこらしていた数分間、画面越しの皆さんの気持ちがたしかに一つになっているように感じた。”ふたりの”ではないけれど、あの時間、あの空間、たしかにあそこは”まほろば”だったと私は思っている。


どれほど伝えても伝えきれない。大きな感謝を胸に、「ありがとう」では足りない気持ちをこうして綴っている。

広沢さん。嶋津さん。運営メンバーの皆さま。あの場に居てくれたすべての皆さま。Twitterで「おめでとう」を伝えてくれた皆さま。そして、最初に星司と藍に出会わせてくれたKojiちゃんへ、心からの感謝を。


先日の光景を、あの美しい時間を、私は生涯忘れない。きっとこの先、何度でも思い出す。そういうものこそ、私は糧にしたい。痛みでも苦しみでもなく、温かいものを。それらを抱きしめて生きていく。歩いていく。その道の終わりで、いつか旅をしたい。彗星の尾っぽにつかまって、美しい海の上を静かに漂いたい。心から愛する誰かと共にそんなふうに旅立てたなら、もうすべて、許せるような気がする。

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今回受賞した作品はこちらです。
未読の方も再読の方も、読んで頂けたらとても嬉しいです。

素敵な体験と賞を与えてくださり、本当にありがとうございました。


最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。 頂いたサポートは、今後の作品作りの為に使わせて頂きます。 私の作品が少しでもあなたの心に痕を残してくれたなら、こんなにも嬉しいことはありません。