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届いた手紙、届かなかった手紙 #映画「ラストレター」

 叶わなかった初恋。淡い恋の物語。そんなイメージだった。作品を観るまでは。実際は、そんな生易しいものではなかった。

映画「ラストレター」

監督:岩井俊二
主要キャスト:松たか子、福山雅治、広瀬すず、森七菜、神木隆之介

 岩井監督の作品は、これまでもたくさん観てきた。残酷なものも美しく描ける、唯一無二の作風。風景や音、役者さんたちが醸し出す空気感だけの話ではなく、全体として見たときにまるで一枚の絵画のような完成された美しさがある。今回の作品もまさにそれだった。いや、今回はとりわけ美しかった。


以下、予告編、映画公式サイトにある情報程度、もしくはそれ以上のネタバレを含みます。

 松たかこ演じる「岸辺野裕理」は、漫画家の夫を持つ専業主婦。少々癖はあるものの優しい夫と、可愛い二人の子どもに囲まれた平和な生活を送っていた。物語はその裕理の姉、広瀬すず演じる「遠野未咲」の死から始まる。

 未咲の死後に届いた一枚のハガキ。それは同窓会の知らせだった。姉の死を告げるつもりで訪れた裕理だったが、学年のマドンナだった姉に間違われてスピーチまでさせられ、逃げるように会場を後にする。そんな裕理を追いかけてきたのは、福山雅治演じる「乙坂鏡史郎」。鏡史郎は、裕理の初恋の相手だった。しかし、その恋は叶わなかった。鏡史郎が好きなのは、裕理の姉の未咲だったのだ。

 再会した二人は、ひょんなことから文通を始める。しかしその手紙はすれ違い、それぞれの想いをのせて思わぬ人へと届く。そこから導き出される残酷な真実。強い後悔と痛み。叫びにも似た想い。

 誰かを強く想う。その先にあるのは、幸せだけとは限らない。想いが届かなかったとき、その痛みは容赦なく胸を刺す。その先にある喪失と哀しみを思い出にするまでには、たくさんの時間を要する。

 届いた手紙。届かなかった手紙。
 何かがほんの少し違っていたら。あのボタンをかけ違えていなければ。そう悔やむ過去は、誰しもが持っている。それでもこの映画のなかに溢れる想いを、“間に合わなかった”とは言いたくない。想いは届いていた。だからこそ、鮎美の笑顔があるのだろう。だからこそ、死の間際に母は娘にあの手紙を託したのだろう。想いはきっと、受け継がれた。

 恋すること。人を想うこと。想い続けること。それは“生きる”ことと同義だったりする。美しく、残酷なもの。強いと同時に儚いもの。


 作中のなかで最も心に残ったのは、鮎美のこの台詞だった。

「なんか、お母さん悪いことしたみたいじゃないですか。……お母さん、何にも悪いことしてないです」

 母の仏壇に手を合わせる鏡史郎を前に、感情を抑えた声でそう話す鮎美。その言葉を聞きながら、私は静かに泣いた。鮎美の母の死因は、自殺だった。それを周囲がひた隠しにしようとすればするほど、娘の鮎美は深く傷ついていた。
 私も従弟や友人を同じ死因で喪った経験がある。葬儀でも、お通夜でも、映画に出てくる親族たちと同様、真実に蓋をするのに必死で、”悲しむ”という最も大切なことが二の次になっている風景を眺めながら、私は一人声も出さず憤っていた。

 賛否両論あるだろう。それでも私は、鮎美に「そうだよね」と言いたかった。
 “なんにも悪いことしてないよ”
 そう、言いたかった。

 母の死の真相を知る鮎美が、どんな気持ちでこれを言ったのか。作品を観た上で考えてみてほしい。この台詞を容易に否定するような世界であってほしくない。


 松たか子、福山雅治、神木隆之介はもちろんのこと、広瀬すずと森七菜の透明感ある演技も見事だった。広瀬すずは高校時代の「未咲」、未咲の娘「遠野鮎美」を一人二役で演じている。同じく森七菜も、未咲の妹「遠野裕理」、その裕理の娘である「岸辺野颯香」の二役を演じている。二役を大袈裟に演じ分けるのではなく、しかし絶妙に口調や雰囲気を変えている。親子の時の流れを感じさせる、素晴らしい演技だった。


 作中に一つの小説が出てくる。「未咲」という作品だ。岩井監督は、作品のモチーフであるこの小説を真剣に書き始めたところから、物語が変化していったとお話されている。もの創りというのは、こんなにも底がないものなのか。深く、広く、光と闇が共存しながらもせめぎ合う。圧倒される。


30年、君に恋をし続けていると言ったら、あなたは信じますか?

 この映画のキャッチフレーズだ。

 誰かをひたすらに想い続けたことがあるだろうか。届かないと知りながら、それでも消えてくれない誰か。届くところにいるが故に、その想いが見えにくくなっている誰か。

 そんな人が胸の中にいるならば、ぜひこの作品を観て欲しい。そして、間に合うならば伝えて欲しい。


 大切な人を抱きしめることができる。それはきっと、奇跡みたいなものなのだと。


最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。 頂いたサポートは、今後の作品作りの為に使わせて頂きます。 私の作品が少しでもあなたの心に痕を残してくれたなら、こんなにも嬉しいことはありません。