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【私たちの人生は、物語ではないから】

昔、『いつみても波乱万丈』というドキュメンタリー番組があった。もしも自分がゲストなら、話す内容にはこと欠かないな――そう思いながら、画面に映るタイトルをぼうっと眺めていた。

エッセイを書くうえでも、たびたび同じようなことを思う。波乱万丈であればあるほど、エピソードは尽きない。これを外側から言われるのは我慢ならないが、自分で思うぶんには、まあ自由だろう。

虐待サバイバーとしての原体験を発信しはじめて、もうすぐ3年が過ぎようとしている。虐待被害やその後遺症に苦しむ人が、ひとりでも減ればいい。その一心で続けてきた「書く」行為は、私の人生を大きく変えた。

私が書き続ける意味は、間違いなく初心にある。「すべての子どもたちが安心して暮らせる世界」を願う気持ちは、3年経った今も変わらない。ただ、今年からはもう少し角度の違うものを書く時間を増やしたいと思っている。辛く苦しい記憶だけではなく、しあわせだったこと、満たされた瞬間を、今現在の自分に軸を置いて書きたい。

理由はさまざまあるが、端的にいえば、このままのペースで原体験を深堀りし続けていたら、私の身が持たないと感じるようになった。過去に軸を置いて、記憶を頼りに綴る。その行為は、決して生易しいものではない。「見える場所」に出すための文章を書くとき、私はいつも全力でブレーキを踏む。書かずにはいられない一方で、踏み込んだブレーキの圧力に全身が疲弊してしまう。憎しみも、苦しみも、叫びも、嗚咽も、薄めなければ表に出せない。正確にいえば、原色のまま表に出すことは自由だが、それではあまりに読み手にやさしくない。大抵の事実は、想像よりもはるかに残酷だ。

しあわせだった時間を素直に綴る行為は、穏やかな安寧をもたらしてくれる。昨年の後半、それをしみじみと感じる瞬間があった。現在、連載を任せてもらっている『BadCats Weekly』に寄稿するエッセイを書いているとき、「あぁ、しあわせだ」と思った。

前触れなしにそう感じた私は、そんな自分に少し驚いた。自分が本来書きたいものは、原体験に基づいた発信であるとずっと思っていた。その考えが180度変わったとか、そういう話ではない。ただ、「どちらも書きたい」と思った。痛みを伴うものだけではなく、ひたすらにやさしいもの、穏やかで平凡なもの、「波乱万丈」とは対局にあるものも、私は書きたいのだ。

毎日をただ、泥臭く生きる。その過程で、誰かの人生と交錯したり、ときに離れたり、傷ついたり、与えられたりする。そういう大きな流れのなかに潜む日常の他愛もない話を、道端に咲くタンポポと同じくらいありふれた話を、丁寧に書いてみたい。私たちの人生は物語ではないから、きれいなエンドロールも、涙を誘う別れも要らない。悲しいお話にも続きがあって、幸福の先にも涙はあって、ドラマや映画みたいにキリのいいところでは終わらないのが人生だ。

私の過去は、たしかに暗く重苦しいことが多かった。だからこそ、これから先は、明るいしあわせを書き足していきたい。朝ごはんに食べた焼き魚がおいしかった話とか、伝統工芸の器の良さに惹かれた話とか、お散歩中に見つけた雅な茶屋の話とか、息子の宿題の作文が突っ込みどころ満載だった話とか、そういうのを疎かにせず、一つひとつ丁寧に書いていきたい。手元にある幸福を、ちゃんと見つめて生きるためにも。

両極にある「書きたい」を、どちらも大事にする。それが私の2022年の目標であり、今後生きるうえでの道標にもなるだろう。過去があって今がある。どちらも私で、どちらも否定しない。自分を大事にするというのは、きっとそういうことだ。「書く」を仕事にする。それゆえの苦労は決して小さくないが、苦労のない仕事なんておそらく存在しない。どんなに悩んでも、苦しくてもやめられない。そんな仕事に出会えた今にまっすぐ感謝をして、これからも書いていく。それがいずれ、未来につながっていけばいい。

大きすぎる幸福なんて要らない。私はただ、静かに書いて、伝えたいことを言葉にしていければそれでいい。広めたいのは知られていない事実であり、私の名前じゃない。そういう当たり前のことを忘れないままで、10年先も書いて生きていけたら、私はもうそれだけで、十分にしあわせだ。


今年最初の連載エッセイはこちらです▼

我が家にメダカがやってきたお話。
夜眠る前に、休憩時間に、ホッとひと息つけるタイミングで読んでもらえたら嬉しいです。


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