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「大丈夫。」その言葉に嘘がない世界線で生きていたい。


「大丈夫。」

そう言った誰かが「大丈夫じゃない。」可能性って、割合的にかなり高いのではないかと私は思っている。

「大丈夫。」

そう言って、少し経ったあとに、壊れて行く人たちに人生で何度も遭遇したことがある。

「大丈夫。」

私自身もその言葉を、いまだに適切に使えた試しがない。

「先輩の大丈夫って、基本大丈夫じゃないですよね笑。」

そう笑いながら私に言ってきたとある会社の後輩がいた。おっしゃる通り、私の大丈夫は基本大丈夫じゃない。けど、それがバレないよう懸命に仕事してきたつもりだった。
そんな私を見透かした鋭い観察眼をもつ彼女はおそらく、私が人生で出会った中で、「大丈夫。」その言葉との距離を一番適切にとることができている人だった。

今日はそんな彼女と、「大丈夫。」という言葉との大切な想い出を忘れないようにここに綴っておこうと思う。

彼女は、年齢が私の2つ下くらいで、私が会社勤めをしていたときに、私より1年くらい後に入社してきた後輩だった。

「わたし、定時で帰ります。」
過去にそんなタイトルのドラマが流行ったことがあったと思うが、彼女はまさに、そのドラマのタイトルを綺麗に体現している人だった。 

彼女は、仕事をしない訳ではない。自分に与えられた仕事を、私が名前も知らないエクセルの関数やらを駆使して効率化して、驚くほどスピーディーにこなしていた。
そして、定時になると同時に、「お疲れ様です!」そう言って、そこに残っている同僚たちに後ろ髪を引かれることなく颯爽と帰っていた。

社会人になってこのかた、「定時」という概念が全くなく、「何それおいしいの?」くらいのテンションで生きてきた私にとって、彼女の仕事の仕方は目からウロコだった。

彼女はこう言っていた。

「私にとって仕事はあくまでお金を稼ぐ手段。とにかくこなして、切り上げて、家で家族と過ごしたり、野菜を育てたり、猫とまったりする時間が大切なんです。」と。

潔い。ここまで潔く生きることができたなら、私もまた違う人生を歩むことができるのだろうか。いつからか、私は彼女の生き方に憧れを抱いていたのかもしれない。

そんな彼女も、自分とは全く正反対の仕事の仕方をする私に、憧れではないけれど、興味をとにかく抱いていたらしい。
彼女から一度こんな言葉をかけられたことがある。

「先輩って、私の興味の対象なんですよね。なんというか、自分をすり減らすまでに一生懸命仕事して、残業とか関係なくて、落ち込んだり、怒ったりしながらも、嬉しそうに笑ったり、楽しそうに仕事したりするじゃないですか。そんな感情が動いて仕事してるの、私にはできないから面白いんですよね。」

けなされているのか、褒められているのかよくわからなかったけど、彼女が私に興味を持ってくれたのは普通にうれしかった。

それからよく一緒にごはんを食べに行ったりして、仲良くなって、仕事上の相談やお願いも彼女にするようになった。

けれど「定時」は彼女にとって絶対なので、例えば定時を3分すぎて、彼女のところに仕事の相談に行ったとすると

「ねぇ、ちょっと相談と頼みたいことがあるんだけど。」

「先輩、今何時か知ってます?」

時計を確認して、定時が過ぎていることを知る。

「あっ、ごめん。定時過ぎてた!また明日相談してもいい?」

「はい。明日で!急ぎなら明日朝イチでも大丈夫です。明日比較的仕事余裕あるんで。」

彼女の大丈夫は、ほんとにいつも大丈夫だった。

「明日は大丈夫なんですけど、今度のプロジェクトちょっと大丈夫じゃなさそうなんで、そのときは手伝ってくださいね♪」

そして、大丈夫じゃないときは素直に「大丈夫じゃない。」と伝えて、誰かしらに仕事を手伝ってもらっていた。

とても大丈夫のあんばいが上手だった。
自分が大丈夫なようにいつもスケジュールやメンタルを管理して、余裕をもって周りに気を配って、大丈夫じゃないときを前もって予測して「大丈夫じゃない。」とあらかじめ周囲に伝えておく。

もしかするとあたりまえなのかもしれないけれど、私からしたら、すごい才能で羨ましくなる。

「大丈夫です!」

私は人生で何度その嘘をついたのだろうか。
「大丈夫って言ってたらほんとに大丈夫になるから。自分に限界つくっちゃだめだよ。」
きっと誰かから言われたであろう精神論をずっと守って生きてきた。

その言葉を言ったら、明らかに残業続きの日々に終わりがなくなるとわかっていても
その言葉を言ったら、自分のメンタルに支障をきたすほどに、過度な期待が顧客からかかってしまうとわかっていても
その言葉を言ったら、せっかくの有休が休みじゃなくなるとわかっていても


「大丈夫です!」


そうやって私はいつもギリギリで、無理して働いていて、それで体調を長期間崩したり、うつ病になったりしなかったことは、本当に奇跡なのだろうと心から思う。


「大丈夫です!」


「大丈夫じゃない。」その一言が言えずに壊れていく人たちが周りにたくさんいた。たった一言、口にするだけななのに。それがなかなか、この世の中では驚くほどに難しい。
だからこそ、私は彼女に尊敬の念しかなかった。

そんな彼女が、一緒に仕事をする中で、「大丈夫!」そう言っていたのに、「大丈夫じゃない。」ことが一度だけあった。

新規事業のプロジェクトで、前々から余裕をもって進めていた彼女。

「先輩には手伝ってもらわなくて大丈夫です!」

そう入念に準備をしていたはずだったのに、オープン日の前日になって、想定外のことが起きてしまったらしい。明らかに彼女の顔が険しかった。

「私、何か手伝おうか?」

「あー---、すごく助かりますー--。今からタスク振るんでお願いしていいですか?」

時間はちょうど定時30分前。彼女の進捗シートを見て、定時には絶対に上がれないし、むしろオープン日(午前0時)に間に合うかどうかも怪しいところだった。彼女から振り分けられるタスクを待っている間に、他に手伝える人がいないか、みんなが帰宅する前に声をかけていく。

残ったのは、私と彼女含めて5人。
何とかしないと。そう言って、舵取りは彼女で、その他4人に、仕事が次々と振り分けられていく。

みんなで一緒に作業に取り掛かった。

淡々と、そして黙々と作業を各自こなしていくと、あっという間に21時を過ぎていた。
そこで、ある程度私のタスクに目途がついたので、他からタスクをもらえないか声かけをはじめる。

「大丈夫そう?」

「あと、この過程やるだけなんで、なんとか大丈夫そうです!」

「じゃあ、そっちはどう?大丈夫そう?」

「いや、結構大丈夫じゃなくて、、、苦戦してるので、ヘルプお願いしてもいいですか?」

「おっけー大丈夫!まかせて!」

「てか、○○さん、家遠いし、家族もいるけど、残ってて大丈夫なの?」

「いや、そろそろ大丈夫じゃないかもです。あとこれだけなんで、そこまでやって、あとはお任せしていいですか?」

「了解!大丈夫!まかせて!」

そしてまた残った4人で、淡々と、黙々と作業をはじめた。
その空間では、驚くほどに嘘のない「大丈夫」が飛び交っていた。
ちょうど22時を過ぎた頃だったと思う。

「お疲れ様です!まだきっと作業をしているかもしれないと思って。。。私違う部署なんで、手伝えることないんですけど、せめてもって思って、差し入れ買ってきました!ほんとにほんとにお疲れ様です!」

「えーー。わざわざ大丈夫なのに。」

「いやいや、私が大丈夫じゃないんです。ほんとにほんとにこんなに遅くまで仕事してくださって、ありがとうございます。」

とある帰宅した社員が、差し入れをたくさん持ってきてくれた。レッドブルや、軽食のお菓子、おにぎり、スープなどなど。ほんとうにありがたい。少し休憩してまた、作業開始。
ラストスパートだ。
そしてオープン日(午前0時)目前の23時30分。

「こっち終わりました!もう大丈夫です!」

「まだこちら終わりません。大丈夫じゃないです!助けてください!」

「おっけー。大丈夫!最後みんなでやろう!」

そして、23時45分。

「おわったー----。みんなお疲れ様ー---。」

やっとのことで、無事作業が終了した。
長い長い戦いだった。
くたくたになった私たち。帰宅しようにもその力も残っていなくて、とりあえず差し入れでもらった、インスタントスープを作るためお湯を沸かす。

彼女が私に隣で
「ごめんなさい。私大丈夫って言ってたのに、全然大丈夫じゃなくて、、。こんなに遅くまで手伝ってもらって、、、。ほんとにごめんなさい。」

「そんなに謝らくていいよ。だって現にみんなでやったら大丈夫だったし、楽しかったし笑」

そういって笑って、お湯が沸いて、4人で一緒に飲んだ春雨スープは、おそらく、人生で一番おいしかった。

そして「大丈夫」という言葉をことごとく連呼してしまったが、この日ほど、この言葉が嘘がなく、適切に使われた時間、空間を私は知らない。

「大丈夫です!」
「大丈夫じゃないです!」

お互いに相手の状況を配慮しながら、とはいえ、無理はしすぎず、ためこみすぎず、素直にその言葉を、みんな口にしていた。
それなりの信頼関係があってこそ、成り立っていたことなのだろうと思うが、信頼関係うんぬんの前に、お互いに、素直に嘘なくその言葉が口に出せない今の世の中って何なんだろうと考えると本当にせちがない。

そして、今日もまた、私は「大丈夫です!」とたいした余裕もないのに平気で嘘をついている。
そして、嘘をつくたびに、彼女と、この日のことを思い出す。
人はなかなか変われない。
けど、いつか彼女のように、大丈夫のあんばいをうまくとれたらいいなと思っている。
そして、切に、このエピソードのように、みんながみんな、無理せず嘘なく「大丈夫。」「大丈夫じゃないです。」そう言える世の中になればいいなと私は思っている。

「大丈夫。」その言葉に嘘がない世界線でこれからを生きていきたい。

















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