見出し画像

『資本主義の家の管理人』~市場の時代を乗り越える希望のマネジメント① はじめに

永遠に生成し続ける二つのものが、私の魂を称賛と畏敬の念で満たす。それは我が頭上の星空と我が内なる道徳律である。

(イマヌエル・カント)

私たちは「市場の時代」を生きています。

市場の時代とは、人々が市場の仕組みに従って生きる時代を言います。それは、あらゆるものを商品にし、自由に取引し、個人の所有を拡大することで豊かさを実現しようとする時代です。市場の時代が形成された根幹には、自由を希求する人間の本能があります。

市場の活用は経済を飛躍的に拡大させましたが、同時に社会に大きな歪みをもたらしました。格差の拡大、極端な富の偏在、深刻な地球環境の悪化、所有を巡る国家の争い。憎悪と分断がテロやポピュリズムを生み、歪んだ株主主権と成長神話が企業を不正・不祥事に走らせ、行き過ぎた競争と自己責任の圧力がハラスメントや心の病を引き起こしています。これらは繁栄する市場の時代の負の側面です。

市場の特徴は、計算はするが思考はしないことにあります。市場は効用や利得を計り、促進するには最適な道具ですが、そこには人間が生きる上で重要な価値判断が抜け落ちています。市場の時代は、人間が価値判断をやめ、市場に答えを委ねた時代でもあります。

本書は、こうした市場の時代における新しいマネジメントの視点を提起することを目的としています。この新しいマネジメントの視点を「希望のマネジメント」と言い、希望のマネジメントを実践するマネージャーを「資本主義の家の管理人」と呼びます。

ここで言う資本とは、通常の資本よりも広い概念です。そこには人間が創り出した社会の資本と、人間に授けられた自然の資本も含まれています。それらの豊かな資本を、手に入れるのではなく、手入れして未来の人々に受け渡す人。それが「資本主義の家の管理人」です。

資本主義とは財産を増やす競争であり、経営とは資本家の財産を増やす仕事である。資本主義と経営に対するそうした概念を、少し違う視点から見てみよう。それがこの言葉に込められた意味です。管理人の仕事は、自分のものではない家を預かり、手入れして、価値を高める仕事だからです。

「希望のマネジメント」のエッセンスは自由と正義です。アダム・スミスの言葉を借りれば、自由とは「私益の追求」であり、正義とは「他者との適合性」です。私益の追求が繁栄を生み、他者との適合性が繁栄を持続させる。前者は「小さな自由」であり、後者は「大きな自由」でもあります。

束縛されない自由と自らを他者と調和させる自由という、一見相反するように思える2つの力を均衡させ、持続する状態を創り出すのがマネジメントという仕事なのです。この2つはどちらも人間の本能であり、人間の本能を押さえつける支配や強制は決して持続する力を持つことはできません。

本書は、会社、労働、組織、人に焦点を当て、順次その実像を紐解きながら希望のマネジメントの姿を浮き彫りにしていきます。経営理論書ではなく実践の書として、本書が市場の時代のマネージャーたちに伝えたいメッセージは、一人ひとりの小さな日常への向き合い方が、やがて世界を動かす大きな力になるということです。希望のマネジメントは「誰かの大きな仕事」ではなく、「私の小さな仕事」なのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?