はるすけ

96年生まれ。うつ病で手帳持ち。フリーター。ただ考えたことを書くだけです。

はるすけ

96年生まれ。うつ病で手帳持ち。フリーター。ただ考えたことを書くだけです。

最近の記事

がんばりたいがんばれない

この世の人間、働いている人は皆、無理をして出勤している。わたしは無理をしないことを前提とした療養期間から、1年半かけて無理をしてでも何かを頑張れるようになった。それは良いことなのか今もわからない。でも社会生活には欠かせないものだ。 ほとんどバイトを休まなくなった。「最近は体調良さそうで良かったね。」と声をかけてもらえるが、体調が良かった日なんて一日もない。休むことが怖いだけ。無理をしてでも何かできるようになると、無理をしなくなることが怖くなってきた。心に余裕を作ることが怖く

    • 今月投稿すれば○○ヶ月連続投稿です!という通知が来ている。私を煽るな。鬱の時でないと文章が書けないので、それが悩みです。Twitterとnoteをたくさん更新する時は、大体病んでいる。 煽られると何か投稿したくなるんだけど、何も書くことがない。特別なイベントが起こるわけでもなく、毎日バイトと、バイトでない日の繰り返し。 バイト先にTwitterのアカウントが若干バレているので、先輩の愚痴とかもあんまり書けない。私の頭の中はいま7割くらいバイトのことだけど、それをインターネ

      • 読書すると文を書きたくなる

        虚空に向かって叫ぶ人を見た。ショッピングモールで。そんな季節になったなと改めて実感する。 気圧の変化に身体がついていかないけど、そんなことに人生の貴重な時間を奪われるわけにはいかない。日々街に駆り出す理由を求めて、歩数で遊ぶスマホゲームを片っ端からダウンロードしたり、上映映画や美術展の情報をかき集める。先日まで希死念慮に苛まれていた時だって、太陽光を浴びればなんとかなる、と10年かけて培った鬱病人のカンだけを信じて毎日陽の光を浴びた。とにかく今は毎日外にいたい、いなければな

        • お風呂に浸かっている時。私は1人でしゃべっている。 脳内に、心理カウンセラーを雇っており、その人に話を聞いてもらうためだ。これってみんなやってないのかなあ? でもその時はすらすらと自分語りが浮かんでくるのに、せっかくnoteなどに書かないのは勿体無いような気がした。 私は多分自分語りが好きで、自分語りを永遠にしていたいんだけど、他人にそれをしたらなんか迷惑かなとかばかり考えて、自分の話をすることを避けていたら、だいぶ前だけどバイトの先輩に、「はるすけさんもっと自分の話をして

        がんばりたいがんばれない

          2024/01/20

          12月、母とスシローに行った日。 (母と休みが被るのは、あまりないので、時々タイミングが合うと、ランチに出かけることが多い。) 最後のデザートを、注文して、届くのを待っている時 チバユウスケが亡くなった、と、仕事中の父からラインが来たのだ。 チバユウスケが、病状を発表した時から、彼が亡くなることは大方予想がついていた。 だって病名がわかるということは、病院に行ったということで、 私にとって、チバユウスケは病院に滅多なことでは行かない生き物のイメージがあったからである。

          2023/09/11

          タイトルを日付だけにしている文章には、特にまとまったテーマがなく書き殴ったようなものであるという一応、共通項があります。 だけどそれが、あとあと自分が読み返す時に不便だったりします。 だから、やっぱり日付のタイトルはやめた方がいいのかなと思ったり、でも、なんだか、その日にそう感じたことを書くのが、わたしにとっては大事なことにも思えます。 結論迷っています。 カウンセリングで言いたいことが本当に言えない。 今の心理士さんは何年もカウンセリングしていただいているため、親密、に近

          2023/09/07

          鬱に慣れたつもりでいたが、デパスを飲んだ後の平坦には慣れない。 布団の中で丸まっている。クーラーがぼーぼーと音を立てて、凍えるほど効くようになった。寒い。28度でも寒い。スズムシの鳴く声がよく聞こえる。 他人の言葉にすぐ心が追い詰められるようになった。いつも崖の上に立っているような不安感、恐怖感があり、前に進むことができない。背中を押す言葉は全て脅しであり、このままころしてほしいと願う。自分の家に帰りたい、ここはどこなんだ、そんなことばかりずっと考える。帰りたい。 18

          2023/08/26

          ツクツクホーシが鳴いていて、夏のゆるみを心地よく思う。 2日のスパンで同じ服を着回していて、お気に入りのTシャツが毛玉だらけになっていく。 服を買えばいいと思うのだけど、服を買うって何?服って場所とるし、試着とか、店員さんに話しかけられたりとか、何か、あれじゃん。こういう時は服が買えない。 服を買うのがどうにも苦手であります。 髪も、一度カラーを失敗されてから美容院にいくのがどうにも怖くて、変な髪色だと思われたくないし、変な髪型だと思われたくない、それを治しにいくのが美容

          2023/08/05

          ネズミが家に入っていくところを見かけた。怖くてどうしようもない夜を過ごした。たった一匹のネズミ。ネズミってどうやって生きていくのだろう。大きいし、隠れるのって難しくないか。バイトができる人間って幸せな生き物か、不幸せなのかもしれない。食べ物の奪い合いをしてそれが当たり前の世界なら。ハチも家に侵入してきた。殺すために、殺虫剤をかけたのだが、全然効かなくて、苦しめてしまった。弱ったハチにハイターをかけたら死んだ。ハチって、強い生き物なはずなのに、シンクで小さくなったそれを眺めて、

          2023/07/26

          生きているのが辛すぎて、怖いしどうしようもなく嫌いで、一番辛いことは、今自分自身であることだと思った。 白とか黄色の花がたくさんあっても、その先ある白くて大きな壁は、びっしりと人間で埋め尽くされていた。私も白い壁に花を近づけて見ているけど、気絶できないまま、ただ時間が過ぎていった。そのまま、私は大人になった。それは私だけが持ち合わせていなかった。 彼女はいつも私を監視している。白い壁の上に腰掛けている。 花を枯れさせてはならないと、誰にも見せてはならないと。だけどここに書

          2023/07/09

          わたしに呪いをかけた人たちがみんな死んでいく。 呪いは解けない。 皆私を置いて、死んで逃げようというのだろうか。 呪いはずっとここで私を苦しめているのに。 人生を返してくれ。 痩せ細った姿の写真をみて、 早く時間が過ぎることだけを願った。 そして、今もどこかで生きているのか。 親戚なのに目を合わせることさえ禁じられた。 彼は、今どこで。 私はどこにもいけないのに。 返してくれ。 全部返してくれよ。 みんな私に何も返さず、謝ることもなく、死んでいく。 ゆるすつもりはな

          戦慄かなのワンマンライブ「karma with you」に行きました。

          戦慄かなのちゃんのワンマンライブに参戦した。 ほとんど初めて歌舞伎町のど真ん中に一人で行ったけど、トー横という場所は案外人通りも多かった。 みんな道にすわりこんで酒盛りをしていたり、そんな人々に構わずに立ち止まっている制服姿の少女や、観光に訪れている外国人も。 絵の具の色を全部水に溶かしたような街だった。 色鮮やかでもあるけど、濁っている。 お客さんはほとんどが女性だったけれど、みんな礼儀正しそうな女の子が多くて、譲り合い、思いやり合いながらライブを楽しんでいる印象だった

          戦慄かなのワンマンライブ「karma with you」に行きました。

          2023/06/07

          日々が、バイトとバイトでない日の繰り返しになった。 今年はたくさん推しに会いにいくということを目標に掲げて、毎月何かしらのイベントに参加している。 山下達郎のライブには落選した。 だけど、これからたくさんの参戦予定がある。アイドルからメタルまで。 楽しみである。 先日は久しぶりにプロレス観戦をした。 賑やかさが心地よかった。声出しの試合は最高。 私は観戦中すごくうるさいタイプなので、隣のお客さんに申し訳なく思うけど、今回は外国人の参戦も多くて、酒飲んでる姉ちゃんもいて(

          ily

          細かいことは話せないのだけど、昔から悩んできた家族関係の問題が、一つ区切りがつき、かなり安堵した生活を送っている。 家族の問題は、私の人生において辛く苦しいもので、今もソレは変わらない。家族間仲良しでいいねとよく言われるのだけど、私の苦痛の上で成り立っているのです、と助けを求めようにも、例えばもっと過酷な人生もあるだろう、と自分と他人の苦しさを比較してしまうので、言えない。自分は幸せだと思うから、飲み込もうと思うことばかりだ。本当は助けて欲しいのだ。家族とは、本当に残酷なもの

          救いがない

          10年近く鬱と付き合い続けているけど、本当にもう耐えられない、と思う瞬間がある。 寛解に苦労し続けると、病状はこじれる。 認知の歪みを元の形に戻そうとこねくり回すことで、余計に取り返しのつかない絡まり方をする。 それをまたほどこうと頑張っても、だんだん体力が追いつかなくなっていく。 それなのに、希死念慮は毎日容赦無く追いかけてくる。 立ち止まることをやめてしまっては、いつか飲み込まれてしまう。 諦めず頑張り続けていたいけど、 もう本当にそれがどうしようもなく疲れてしまう時期

          救いがない

          いつもおんなじことしか書いてないし考えてない

          季節性鬱は創作の糧になる。エネルギーは消化できないから苦しいのであって、それを何か創作に昇華できるなら積極的にする方が体にいいと思う。消化と昇華をかけたつもりはないです。 頭にたくさん呪詛が浮かんでくるときは、パソコンで書いたり、紙にペンで書いたりする。声に出して誰かに話したりができたらそれが一番最高です。 私のnoteは140文字以上のTwitterみたいな感じでしかない。 ここ最近本当にお腹が空いて、何を食べても満足できない。 こういう時、本当に欲しているのは食べ物

          いつもおんなじことしか書いてないし考えてない