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連続小説 目線の下 #03

連続小説 目線の下 #02 はこちら

#03

車椅子であることが障壁になることは、今でもある。
障壁というと大袈裟だと思うだろう。
今でこそ、少なくはなっているし、ユニバーサルデザインの普及によってバリアフリーも一定数までは浸透した。

しかし、そうしたものが残るのも事実。
あえて、ここでは障壁=バリアとしよう。

ただ、バリアがないのが良いことではない。
しかし、バリアがなくなれば生活しやすい、または自由であることもあるだろう。
とはいえ、自由が良いかと言われれば、またそれは頭を悩ませてしまうし、
人それぞれ、過ごしやすい環境というものは変わる。

自由がいい。大きく羽根を伸ばしたい。という人もいれば
若干、不自由とまではいかずとも制限がある方が心地よい。
という場合もある。

全ては個人の裁量により、その時その時、一瞬の選択と決定に過ぎない。
それでも、すべての選択と決定には責任が伴うものである。
誰に向けての責任かと問えば、
まずは己に対しての責任であることは確実である。
その次に、周辺の人への責任というものがあると私は思う。

人間はいくつかの理想と現実、そして矛盾に甘えながら責任に追われて生きる。
最も泥臭い生き物である。。。

「次どうしようか?」
Aはそうやって考え込む私に決定権をくれた。

「うーん。Aが好きなとこは?車椅子でも行けるとこ。」
私は彼に、半分の決定権を譲り、最低限の条件を提示した。

「そしたらカラオケでも行くか。いつものとこ。」

渋谷にて、カラオケというのもどうなのかと、
少しセンスを疑ってしまうが、
私が歌が好きなところや、過ごしやすさを考えてのことだろう。
それに行き慣れた部分というのは困ることはない。
彼はいつも私に最良の選択を与えてくれる。

彼は、カラオケボックスに着くなり、スムーズに受付を済ませ、
決まって3階の一番突き当たりの部屋の空きを確認する。
エレベーターを降りて、まっすぐ入れる部屋を確認してくれる。

そのような優しい一面があるのにモテないのだ。
私は彼をよく知っている方だと自負している。
すれ違う人はみな、彼の魅力に気づいていない。

そのさりげない優しさもまた、彼の魅力の一つ。

「何歌おっか。お前歌ってくれよ。」
部屋につくなりそう言って早速マイクを渡される。

彼もまた、私が歌いたがりな側面をよく知っている。
彼とは学生時代からの付き合い、そうするともう7〜8年の付き合いにはなるのかもしれない。

リクエストを受けたので、ここは無難に十八番を歌っておく。
私のエンターテイナーとしての小さな炎が踊りだす瞬間である。
聴衆を満足させることは歌を唄うことにおいてはある意味責務である気がしている。
もちろん、楽しく唄うことも必要なのだが、自分で唄うだけなら
それは自己満足と変わりない。自己満足もそれはそれでよい。
お風呂で唄うなんで事も気持ち良いことくらいは知っている。

彼は優しい眼差しで歌を聴いてくれていた。
曲が終わるとともにステージから去るかのごとく、たった一人の観客にお辞儀をすると
私は彼の近況を聞きたいと、そっとマイクを置いた。


✏筆者プロフィール

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橋口竜河 (はしぐちりゅうが)
1996.02.02 生まれ 神奈川県出身
車椅子での生活をしながらシンガーソングライターとして活動している。
《ハートフルシンガーソングライター》として心情に嘘のない歌を歌い続ける。
過去には自主企画ライブを開催し、ライブオーガナイザーとしての経験もある。
配信Single《ガーネット》がApple Musicをはじめとする各種音楽配信サイトにて配信中。
1st CD《我儘な冷戦》発売中!!
公式サイトはこちら。


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