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Beyoncé 「COWBOY CARTER」全曲レビュー

先日3月29日にリリースされて以来、世界中で話題の中心となっているBeyoncéの通算8作目となる新作アルバム「COWBOY CARTER」。
今年2月のスーパーボウルの際のコマーシャルでリリースが発表されると、Beyoncéがカントリーアルバムを作るというセンセーショナルな話題性も相まって、世界中に大きな衝撃を与えました。
Beyoncéとカントリーというと一見何の接点も無いように思えるのですが、彼女はテキサス州のヒューストン出身で、両親の出身地も南部地域ということもあり幼い頃からカントリーミュージックは非常に身近な存在だったそうです。
2016年リリースの「Lemonade」に収録された「Daddy Lesson」ではカントリーを大胆に取り入れたサウンドを披露していて、その年のカントリーミュージックアワードではThe Chicksと共に同曲をパフォーマンスし大きな話題となりました。
そのパフォーマンスは絶賛されながらも、一部の保守的なカントリーミュージックファンからは批判的な声もあったようで、彼女はこのジャンルにはふさわしくない、カントリーをマーケティングに利用してるだけ、などの反発の声も少なくなかったそう。
Beyoncéは、歓迎されていないと感じた数年前の経験が今回のアルバムを生み出すきっかけになったと語っていて、この時の会場のなんとも言えない空気感への違和感がずっと心に残り続けていたんだと思います。
これらの背景があり今回Beyoncéがカントリーに本格的に向き合ったことを考えると、かなりの覚悟と勇気が必要だったことが想像出来ますよね。

アルバムタイトルにも使われているカウボーイという言葉ですが、昔は白人と黒人でだいぶ使われ方や意味合いが違ったようで、黒人のカウボーイに対しては差別的な意味合いで使われることもあったのだそう。
かつてアメリカ南部の黒人のカウボーイは白人達から牛飼いと呼ばれ差別を受けたうえに気性の荒い馬の世話をさせられていたんだそうで、そんな酷い扱いを受けながらも独自の文化やスタイルを築いてきた彼らへのリスペクトの思いが今作を作る原動力になったとも語っています。
 
前作の「RENAISSANCE」の時も全曲レビューの記事を書いたんですが、Beyoncéの作品は音楽面でも歌詞の面でも様々な意味合いや背景が複雑に入り組んでいるので、正直難解な音楽だなとも思います。

自分はそういう作品を自分なりに掘り下げるのが好きなので良いんですが、単純にカッコいい音楽が好き!みたいな人にとってはなんでこんなに凄いと言われてるの?と思われるかもしれません。
今回の記事を通して、このアルバムの凄さや面白さが少しでも分かりやすくなる、そんな手助けになれば嬉しいです。
よかったらぜひこのアルバムを聴きながら読んでみてください。
それでは長くなりますが最後までお付き合いください。

1. AMERIICAN REQUIEM

1曲目からアメリカのレクイエム(鎮魂曲)という意味深なタイトル。
この曲で彼女は自身の生い立ちや環境、そしてそれがどれだけ困難なものだったかを歌にしています。
2016年リリースの「Formation」でも「my daddy Alabama, momma Louisiana You mix that negro with that Creole, make a Texas bama」と歌ってましたが、Beyoncéの父親Matthewはアラバマ州生まれ、母親のTinaはルイジアナ州生まれで共にアメリカ南部の出身。
黒人奴隷制度の中心地だった地域をルーツに持つBeyoncé。
彼女自身はテキサス州ヒューストンで生まれ、比較的裕福な家庭で育ったみたいですが、小さい頃からショウビズの世界にいる彼女にとって両親の出身地というのは大きな意味を持っていたようで、この曲の中でも「They used to say I spoke, “Too country”」という歌詞が出てきますが、よくカントリー過ぎると周りに言われたそうです。
黒人でポップな歌を歌ってるのに出身地がカントリー過ぎる、というアメリカの古い価値観を凝縮したような心無い言葉。
そんな声とずっと戦ってきたBeyoncé。
この曲は過去にそんな言葉をかけてきた人々や、そういった価値観を生み出してきた古いアメリカという国に向けての彼女なりのレクイエムなんだと思います。
アコースティックギターの音色が印象的な壮大なカントリー調バラードといった感じのサウンドは、どこかPrinceを思わすような印象。
幾重にも重ねられたヴォーカルのレイヤーがとにかく美しいですね。
制作陣には前作「RENAISSANCE」にも参加していたDIXSONやNo I.D.の他、Jon Batisteがプロデューサーとして携わっていて、ソングライティングにはJay-ZやStephen Stills(!)、カントリーシンガーのCamなどが関わっています。
Camはこの後も何曲かでソングライターとして関わっているんですが、彼女の最新作にはJack AntonoffやHarry Styles、Sam Smithなどがソングライターとして参加していて、カントリーの枠を超えた面白いサウンドで人気を集めているみたいです。
今作のリリース前に、カントリーアルバムではなくBeyoncéのアルバムになってると語っていましたが、まさにそんな感じのジャンルレスな響きでゴージャスに幕を開けます。

2. BLACKBIIRD

2曲目は言わずと知れたThe Beatlesの名曲のカバー。
「AMERIICAN REQUIEM」と同様タイトルが「BLACKBIIRD」とIが2つ重なってるのは、今作が3部作の2作目、ACT IIであることが表現されてるのだと思います。
この曲はPaul McCartneyが公民権運動への応答として書いた曲として知られ、黒人女性の人権の擁護や解放について歌われた曲だと言われています。
黒人女性を鳥になぞらえたこの曲をBeyoncéがカバー曲として選曲したことは、黒人女性として生まれ生きてきたからこその重みや深みが込められていてぐっときますよね。
Beyoncéと共にこの曲を歌い演奏しているのは、Tanner Adele、Brittney Spencer、Tiera Kennedy、Reyna Robertsといういずれもカントリーシンガー・ミュージシャンの黒人女性達。
この曲が本来持つ意味をより深いものにしています。   
1曲目と同様にこの曲もコーラスワークが本当に美しいですよね。
原曲はほぼアコースティックギターのみの極シンプルなサウンドでしたが、Beyoncéバージョンでは後半にストリングスも加わり、コーラスとも相まってゴージャスな印象。
原曲の素晴らしさをそのまま活かしながらも、女性達で歌うからこその優雅なアレンジにしているところが流石ですね。
 
3. 16 CARRIAGES

アルバムリリース前に先行でリリースされた2曲の内の1曲。
Carriageとは馬車のこと。
この曲では過去を振り返り、これまでずっと走り続けてきた自分を労るような内容になってます。
16歳でDestiny’s Childのメンバーとして活動を始めてから、ほとんど休む時間も無いまま働き続けてきたBeyoncéだからこそ歌える歌詞ですよね。
この曲の歌詞の詳しい内容や考察は、池城美菜子さんのこちらの記事がとても分かりやすかったのでぜひ参考にしてみてください。

この曲にはソングライターとしてRaphael Saadiqが参加している他、The Stillsというバンドとしても活動していたモントリオール出身のDave Hamelinがプロダクションやギター、オルガンなどの演奏で関わっています。
Childish Gambinoの「3.15.20」にも参加していたInkもプロデューサーとして携わってるみたいですね。
さらにペダルスチール奏者として高い評価を受けているRobert Randolphが参加していて、ゴスペルやブルース、カントリーが混ざり合ったようなアメリカンなテイストのバラードに仕上がっています。

4. PROTECTOR

この曲にはBeyoncéの双子の娘さんであるRumi Carterの声が使われていて、「Mom, can I hear the lullaby, please?」子守歌を聴かせてという言葉で始まります。
ゆったりと流れるアコースティックギターの音色と優しいヴォーカルに包み込まれるような、母性溢れるまさに子守歌な1曲ですね。
昨年公開された映画「Renaissance: A Film by Beyonce」でも、Beyoncéの母親としての一面を垣間見ることが出来ましたが、これだけのスーパースターでありながら3人の娘を育てる母親としての日々も過ごしているというのは本当に凄いなと思います。
この曲には1曲目にも登場したCamの他に、Charlotte Day Wilsonなどの作品に携わっているJack RochonとSSWのRyan Beattyがソングライターとして参加していて、これは結構驚きましたね。
Ryanは昨年リリースの新作ALもとても美しい作品でしたが、今回この曲を含めて4曲に参加しているそうで、Beyoncéチームの若手ミュージシャンへのアンテナの鋭さを改めて感じました。

5. MY ROSE

続いては1分ちょっとのインタルード的な1曲ですね。
美しいハーモニーとギターの音色という実にシンプルなこの曲では、人をバラに例えそれぞれが美しさを持っている、でもバラに棘があるように欠点もある、というようなことを歌っています。
この曲にはMamiiという女性SSWがプロデューサーとして参加しているそうで、こちらも大抜擢と言えますよね。
自分は今回初めて彼女の存在を知りましたが、とても心地良いR&B/ソウルサウンドでファンになりました。
こうやって新しい才能を知れるのも本当に素晴らしい流れだなと思います。

6. SMOKE HOUR ★ WILLIE NELSON

続いてもわずか51秒の短い繋ぎの1曲。
古いラジオから流れてくるのはSon Houseの「Don’t You Mind People Grinnin' In Your Face」やSister Rosetta Tharpeの「Down by the River Side」、Chuck Berryの「Maybellene」、Roy Hamiltonの「Don’t Let Go」といった50年代のアメリカのブルースやロックンロールの名曲。
そんなラジオのDJとしてカントリー界のレジェンド、Willie Nelsonが参加しています。
凄すぎる…。
Willieがディスクジョッキーを務めるのはKNTRY Radio Texasという架空のラジオ局だそうで、これは次の楽曲「TEXAS HOLD ‘EM」がリリースされた時にオクラホマ州のラジオ局がリクエストを受け付けず流さなかった、という騒ぎを受けてのニクい演出なのかもしれないですね。

7. TEXAS HOLD ‘EM

という流れでこちらの曲。
「16 CARRIAGES」と共に先行リリースされ全米1位を獲得したBeyoncéの新たな代表曲と言える1曲ですね。
とても軽快なウェスタンソウル調のサウンドは、バンジョーの音色がキーとなっている印象で、そちらを演奏しているのはRhiannon Giddensという女性アーティスト。
伝統的なアメリカーナサウンドを現代的解釈で鳴らした作品が高く評価されてる人なんですが、こういった人をミュージシャンとして招くあたりがBeyoncéのサウンドメイカー・プロデューサーとしての視点の深さと広さですよね。
バンジョーはアフリカに起源を持つ楽器でありながら、カントリーミュージックの発展と共に白人の音楽で使われるというイメージが定着した楽器の1つ。
Rhiannonは黒人としてバンジョーを鳴らす事の意義を再確認しようという活動をしているそうで、そのあたりも今作のコンセプトとガッチリ一致していますよね。
その他の制作陣にはAriana GrandeやTinasheなどの作品を手がけてきたKillah Bやカナダ出身のNathan Ferraroがプロデューサーとして参加していて、Raphael SaadiqやHit-Boyなども演奏などで携わっています。
この曲は先程も書いた通り世界的な大ヒット曲となっていますが、ここ数年のカントリーミュージックの隆盛の流れともリンクしているのはもちろん、黒人の女性としてのヒットというのが音楽史的にも大きな意味を持つ1曲だなと思います。
歌詞の面に関しては先程もご紹介した池城美菜子さんの記事に詳しく書かれているので、ぜひそちらを読んでみてください。

8. BODYGUARD 

続いては心地良いドラムのリズムと存在感のあるベースのフレーズが印象的な1曲。
ドライブしながら聴くことを想定して作られたようなグルーヴ感がありますよね。
この曲はあなたのボディガードになる、という感じの内容を女性側から歌った1曲なんですが、これはおそらく旦那であるJay-Zに向けて歌われているんだと思いますね。
Jay-Zが立場的に弱いわけでは決してないと思いますが、やっぱり「Lemonade」以降Beyoncéとのパワーバランス的に奥様が強い立場なのかなと思わせるような笑
どんなゴシップからも守ってあげるというような歌詞もあって、さすがはBeyoncéだなと思わされる1曲でしたね。
ちなみにBeyoncéには長年Julisというボディガードが付いていて、ファンの間ではお馴染みの存在なんですが、以前Jay-Zとの離婚報道があった時にその原因となったのがそのJulisなんじゃないかと噂されました。
Beyoncéと常に行動を共にするJulisとの関係性をJay-Zが疑い、それがその後の浮気に繋がったなんて話もあったりしますが、今回この曲で歌にした事である意味本人達もネタにする程になったんだなと思いましたね。
この曲はRaphael Saadiqがプロデューサーを務め、先程も登場したRyan BeattyやMamii、「TEXAS HOLD ‘EM」にもピアノで参加していた女性SSWのLowell、さらには前作でも数曲で携わっていたLeven Kaliがソングライティングに参加しています。
後半のギターソロはGary Clark Jr.によるものだそうで、2015年に行われたStevie Wonderのトリビュートコンサートで共演して以来のタッグとなっています。

9. DOLLY P

9曲目はカントリー界の女帝的存在、Dolly Partonによるインタルード。
Dolly Partonの今作への参加は、Dollyが少し前にインスタグラムの投稿で匂わしていた事もあってよく噂されてましたが、それはやはり本当だったようですね。
「Lemonade」収録の「Sorry」にも出てくるJay-Zの浮気相手とされる「Becky with the good hair」へのリファレンスもありながら、Dollyの代表曲「Jolene」のカバーへと流れていきます。

10. JOLENE

先程カバーとは言ったものの、実際にはカバーというよりは替え歌に近いのかもしれません。
Dollyの原曲は夫の浮気相手であるジョリーンの美貌や男を魅了する力を認め、あなたならどんな男でも自分のものに出来るんだから私の男を取らないでと懇願するような内容なんですが、Beyoncéバージョンの方ではジョリーンは浮気に失敗した女性として描かれていて、私達の絆の強さにはあなたは入って来れないから別の男のところに行きな、と警告するというかアドバイスを送るような内容になってるんですよね。
まさにBeyoncé!って感じの強さが感じられる歌詞なんですが、普及の名作と言われる原曲を違う解釈でアレンジしてしまう彼女のハートの強さというか、チャレンジ精神が凄いなと思わされた1曲でした。
「Jolene, I know I’m a queen, Jolene
I’m still a Creole banjee bitch from Louisianne (Don’t try me)」
この一節が強烈ですよね。
自分が女王である事は分かってる、とジョリーンに言い聞かせつつ、自分はルイジアナをルーツに持つクレオールのバンジー(主にニューヨークにいるフッド上がりの都会的なスタイルの人のことで、ゲイの世界で使われることが多い言葉)のビッチのままだと宣言。
メロディーやフックは原曲とほとんど同じにもかかわらず、聴いた後の印象がここまで違うというのは中々ない感覚でしたね。
こちらの曲は前作でも重要な役割を担っていた女性2人組のプロデューサー、NOVAWAVがプロデューサーを務めています。

11. DAUGHTER

11曲目は今作で最も宗教色の強い楽曲。
ギターのアルペジオが荘厳な雰囲気を作り出しているこの曲は、歌詞にも神よというフレーズが使われていたり、他にもキリスト教を思わせる様々なモチーフが登場したり、中々難解な内容の1曲となっています。
夫なのか愛人なのか、誰かを殺したような描写もあったり、今までのBeyoncéには無いタイプの楽曲ですね。
「Lemonade」収録の「Daddy Lesson」では自分の父親からの教えについて歌っていましたが、この曲ではその時の父親の立場に自分がなり、娘に対しての思いや願いなどが歌詞に込められているのかなと感じました。
もし私に逆らうなら私は父のようになる 私はタイタニックの水より冷たい
という歌詞がありましたが、中々に冷酷なマインドを持ちながら子育てしてるのかもしれません笑
曲の後半では「Caro mio ben(いとしい女よ)」というイタリア語詞の声楽の名曲の一部が使われていて、Beyoncéがオペラのような歌を披露しているのも印象的でしたね。
ちなみにBeyoncéとイタリアと言えば、以前Beyoncéは実はイタリア人で本名はAnn Marie Lastrassiだという噂がゴシップ誌を賑わせた事がありましたが、今回イタリア語で歌った事でその可能性は数%だけ信憑性が増したのかもしれません。

12. SPAGHETTII

ここで雰囲気がガラッと変わります。
ブラジルのDJ、O Mandrakeのこちらの楽曲をそのままサンプリングした中毒性の高いビート。
これ今年リリースされた曲なんですよね。
それを早くもサンプリングソースとして使用するという凄まじいスピード感…。

その上でラッパーモードのBeyoncéがガンガンラップしたと思いきや、曲の後半からゆったりとしたカントリー調のサウンドにガラッとビートチェンジするという、何とも斬新な構成の1曲。
Jay-Zが作詞で参加してるみたいで、Jay-Z直伝のキレキレのラップが炸裂してますね。
先程も触れましたが、このアルバムはカントリーアルバムではなくBeyoncéのアルバムだという事がこの曲を聴くとよく分かりますよね。
この曲にはバージニア出身でナイジェリアにルーツを持つシンガー、Shaboozeyがゲストとしてフィーチャーされていて、これはかなりの抜擢と言えますよね。
元々はラッパーとして活動していたんですが、近年はカントリーサウンドに転向し徐々に注目を集めていた若手アーティストです。
前作ではKelman Duranがプロデューサーとして招かれていましたが、Beyoncéのチームの守備範囲の広さというか、有名無名問わず才能を発見してくる力というのは本当に凄いなと思いますね。
この曲にはもう1人ゲストがいて、それが黒人女性として初めてカントリーミュージックの世界で成功したと言われるLinda Martellです。
曲の冒頭の彼女の言葉は、ジャンルというものに囚われることの愚かさが込められていて、まさに今作のコンセプトを体現するような言葉ですよね。
イタリア製の西部劇を表す言葉として日本ではマカロニ・ウェスタンという呼び方が一般的ですが、英語圏ではスパゲッティ・ウェスタンという言い方をするんですよね。
この曲のタイトルもそのあたりが意味として隠されてるのかもしれません。
この曲はBeyoncéの作品ではお馴染みのThe-Dreamがソングライターとして携わっている他、Swizz Beatzがプロデューサーとして参加しているようで、彼の参加は2006年リリースの「B’ Day」以来18年振りになるみたいです。
確かにビートのループ感がSwizzっぽいですね。

13. ALLIIGATOR TEARS

「SPAGHETTII」から一転してこの曲はまたカントリーテイストに戻ってきました。
トラディショナルなブルーグラスっぽい感じもあれば、90sのオルタナロックっぽさもあったりして、荒野を馬に乗って旅をしてるようなロードムービー感のあるサウンドという印象。
Beyoncéの歌声も終始どこか気怠い感じというか、脱力感のあるヴォーカルが新鮮でしたね。
この曲は今作で多数の楽曲に関わっているKhirye Tylerによるプロデュースで、前曲に引き続きThe-Dreamも参加しています。
ちなみにタイトルの意味は、ワニが獲物を油断させおびき寄せ捕える時に流す涙の事を指していて、よく嘘泣きや見せかけの涙を表す時に使われる言葉なんだそう。
この曲の中で涙を流している「you」とは一体誰なのか?
色々な考察が出来そうな1曲ですね。

14. SMOKE HOUR II

6曲目でも登場したWillie Nelsonによるインタルードのパート2を挟み、次の曲へと繋がっていきます。

15. JUST FOR RUN

ロートーンのピアノの音色で始まり、ギターが加わり次第にカウベルやパーカッション、さらにはストリングスが加わり、最後はハンドクラップやクワイヤも登場するゴスペルテイストのカントリーサウンドという感じの1曲。
終始穏やかなテンポでゆったりと流れていく感じが癒されます。
時の流れが全てを癒してくれる、という歌詞も沁みますよね。
この曲にはルイジアナ州出身のカントリーシンガー、Willie Jonesがゲスト参加していて、彼の低音の効いたヴォーカルとの相性も良かったですね。
彼もShaboozeyと同様に黒人のカントリーシンガーということで、今回のゲスト参加をきっかけにより注目を集めていきそうな気がします。
この曲もそうですが、今作でには歌詞の中にカウボーイやウィスキー、ロデオといったカントリーミュージックでよく登場する言葉がよく使われていて、そういったクリシェを多用するあたりも古き良きアメリカの姿を世界観として使おうという意思が感じられますよね。
Beyoncéは今作は多くの西部劇映画がインスピレーション源になっていると語っていて、「Five Fingers For Marseilles」や「Urban Cowboy」、「The Hateful Eight」、「Space Cowboys」、「The Harder They Fall」、「Killers of the Flower Moon 」といった映画をレコーディング中にスクリーンで流していたとも明かしています。
また、今作に使われているパーカッションは、2002年のグラミー賞でアルバムオブザイヤーを獲得した「O Brother, Where Art Thou?」のサウンドトラックから影響を受けているとも明かしていて、これらの映画を観ると今作の魅力がより明瞭なものになるかもしれないですね。

16. II MOST WANTED

今作がリリースされる直前にMiley Cyrusが参加しているという情報が出た時は非常に驚きました。
近年はシンガーとしての評価も高まってきているMiley。
やはり今年のグラミー賞で「Flowers」が最優秀レコード賞を獲得したのが記憶に新しいですよね。
2008年にガン研究支援のチャリティーシングルとしてリリースされた「JUST STAND UP」で共演したことのある2人でしたが、それ以外はほとんど接点が無かったこともあり今作への参加は意外な印象でした。
2人の異なる声質によるデュエットが堪能出来るこの曲を聴いて、そのパワフルさに圧倒されると同時に、紆余曲折あってシーンのトップに辿り着いた2人のこれまでの道のりが声の響きに表れていて、素直に感動しましたね。
そういえば以前MileyもDolly Partonの「Jolene」をカバーしてましたし、Mileyの父親はカントリーシンガーのBilly Ray Cyrusだし、それもあってのオファーだったのかもですね。
制作陣はOneRepublicとしての活動でも知られるRyan Tedderが作曲に携わっている他、Mileyの「Flowers」にも参加していたMichael Pollack、さらにはAlabama ShakesやAlvvaysなどの作品を手がけてきたShawn Everettがプロデューサーとして参加しています。
他にもFoxygenとしての活動でも知られるJonatha RadoやThe War On DrugsのAdam Granduciel、Sara Watkins、さらにはPino Palladinoが演奏で参加しているそうで、フォーク・ロックシーンの手練れ達が大集結した1曲なんですよね。
Fleetwood Macの「Landslide」を思わせるような優しくゆったりとしたカントリー・フォークサウンドは、アメリカの雄大な自然や景色が目に浮かんでくるよう。
この曲はJay-Zの母親であるGloria Carterが昨年長年連れ去ってきた女性のパートナーと結婚し、セレモニーを行った事へのトリビュートとして書かれた曲なんだそう。
70代になっても自分達のやりたかった事を叶えた彼女達の姿勢に敬意を表した歌詞が素晴らしいです。

17. LEVII’S JEANS

Miley Cyrusの参加と共に我々を驚かせたのがPost Maloneの参加でした。
2010年代後半頃から世界的な大ヒット曲を連発し、ヒップホップやロック、カントリー、ポップなど様々なジャンルが混在した独自のサウンドで一躍時代の寵児となったPost Maloneですが、Beyoncéとはファン層があまりに違うというか、接点が無さすぎて彼の参加は本当に意外でした。
Post Maloneは白人でありながらヒップホップの世界で活動してきた人なので、ある意味ではBeyoncéと真逆の立場でありながら似たような境遇なのかもしれせん。
近年の作品はかなりポップ要素が強いというか、ライブではギターを弾きながら歌ったりもしているので、今作の中でも一際ポップなこの曲も全く違和感なく聴けましたよね。
君のリーバイスジーンズになってずっと側にいたい、という感じのスウィートなラブソングという感じのこの曲ですが、やはりジーンズというのはカントリーの世界とは切り離せない存在で、労働者の象徴としてよくモチーフにされる言葉なんですよね。
この曲はThe-Dreamがプロデューサーを務め、さらにNile Rodgersがソングライターとして参加していて、Nileは前作収録の「CUFF IT」に続いての参加ですよね。

18. FLAMENCO

続いては1:40程の短い1曲。
この曲もいくつも重ねられたコーラスの響きが非常に美しいですね。
アコースティックギターとヴォーカル、そして時折聴こえるハンドクラップが印象的で、タイトルにもあるフラメンコを思わせます。
歌詞の内容的にフラメンコの要素は全く無いんですが、なんかフラメンコっぽいから仮で付けたタイトルがそのまま採用されたみたいな感じなのかもしれないですね。
5曲目の「MY ROSE」に引き続きMamiiがプロデューサーを務めています。

19. THE LINDA MARTELL SHOW

先程「SPAGHETTII」でも登場したLinda Martellの名を冠したインタルード。
次のトラック「Ya Ya」を紹介します。

20. YA YA

いきなりNancy Sinatraの名曲「These Boots Are Made for Walkin’」の印象的なフレーズのサンプリングで始まるこの曲。
60年代のTVショーさながらに観客を盛り上げていく様は、Beyoncéも大きくリスペクトしているTina Turnerを思わせますよね。
ロックンロールやソウル、ファンクが入り交じったサウンドを軽快に乗りこなしていくBeyoncéのヴォーカルパフォーマンスがとにかく圧巻で、聴いてるとその場にいる観客になったかのように勝手に体が動き出してしまいます。
曲の途中にはThe Beach Boysの「Good Vibration」の一部を借用したところがあったり、様々な面から60年代のヴァイブスを感じさせていますよね。
個人的にはOutKastの「Hey Ya!」を聴いた時と似たような感覚でした。
一方歌詞はというと、人種差別や低賃金の問題を皮肉を交えながら嘆くような内容になっていて、中でも印象的なのが「rodeo chitlin circuit」と「B-E-Y-I-N-C-E」という2つのワード。
rodeo chitlin circuitとは人種隔離された南部の地域を中心にアメリカ全土に設けられた劇場のことで、黒人パフォーマー達が白人達に干渉されず独自に文化を発展させていった場所としてアメリカのショウビズの礎とも言われているんですよね。
Beyoncéが今作で目指していたカントリーミュージックを通した黒人文化の復興という意味でも、とても重要な意味を持つコンセプトだと思います。
続いて「B-E-Y-I-N-C-E」という少し違和感のあるワードについて。
Beyoncéの母親のTinaの本名はCelestine Ann Beyonceで、母親の苗字であるBeyonceを名前としてもらったというのは有名な話なんですが、実は生まれた病院のスタッフの表記ミスで本来の苗字であるBeyinceを間違ってBeyonceと書かれたまま出生証明書として提出してしまった事が由来なんだそう。
間違いの訂正をお願いしたところ、黒人だからという理由で拒否されたらしく、この曲の歌詞やアルバムジャケットにBeyinceを登場させたのは、彼女なりの抵抗の意思を示しているのだと思います。
この曲のプロデューサーは前作の「HEATED」にも参加していたCadenzaとHarry Edwards、そしてThe-Dreamが共同で務めているんだそう。さらにはArlo Parksと昨年リリースのEPを個人的にヘビロテしていたGiiftも制作に参加してるみたいです。

21. OH LOUISIANA

続いてこの曲はChuck Berryの同タイトルの楽曲を大胆に早回しでサンプリングした繋ぎ的な1曲ですね。
母親の出身地であるルイジアナを登場させる事で、「YA YA」のB-E-Y-I-N-C-Eの意味とも繋がりを持たせているのかもしれません。

22. DESERT EAGLE

続いても1分少々の短い楽曲。
Thundercatが弾いてそうなファンキーなベースラインがとにかく印象的です。
歌詞に何度も出てくる「Do-si-do」とは、パートナー同士背中合わせに一回りするダンスを指す言葉なんだそうで、主にカントリーミュージックに合わせて踊る時によく出てくるスタイルなんだとか。
この曲は前作の「ALL UP IN YOUR MIND」にも参加していたプロデューサーのBAHをはじめ、GCmusiq、さらにはMiranda Jという女性SSWが制作に参加しているみたいです。

23. RIIVERDANCE

ブルーグラスギターの軽快な音色と共に刻まれるビートがとても心地良い1曲。
何度も何度もDanceという言葉が出てくる、文字通りのダンスナンバーですね。
タイトルのRiverdanceとはアイルランドの伝統的なステップダンスのスタイルなんだそうで、いわゆる白人の文化のアイリッシュダンスを黒人であるBeyoncéが取り入れているのが面白いというか、様々なジャンルの枠を超えていくという彼女の意思が感じられます。
ここまで聴いてきて分かる通り、前作と同様に曲と曲とがシームレスに繋がっていて、どこから曲が変わったのかが分からないくらいスムーズに流れていくのが面白いですよね。
この曲はまたしても登場のThe-Dreamの他、Kendrick Lamarの楽曲のプロデュースでもよく知られるSounwaveが参加してるみたいで、さらには昨年リリースのデビュー作が高い評価を受けたイギリスのSSW、Rayeがソングライターとして関わっています。

24. II HANDS II HEAVEN

このアルバムの中で最も長い5:41のこちらの曲。
この曲は2部構成のようになっていて、前半はアンビエントなテクノ風のビートで、これまでの流れからまたガラッと雰囲気を変えたクールな質感。
Underworldの「Born Slippy Nuxx」をサンプリングしたなんて話もあるようですが実際のところはどうなんでしょうかね。
後半はテンポをぐっと落としたシルキーなR&Bサウンドで、Beyoncéのヴォーカルとコーラスのレイヤーがとにかく美しいです。
前作の「PLASTIC OFF THE SOFA」や「VIRGO’S GROOVE」の流れを思い起こさせるような、夢見心地なグルーヴを堪能出来る1曲ですね。
この曲は「RIIVERDANCE」に引き続きSounwaveによるプロデュースで、Ryan Beattyがソングライターとして関わっているようです。
この曲を含めて今作の歌詞の中に幾度となく登場する馬。
前作「RENAISSANCE」のアルバムジャケットにも今作「COWBOY CARTER」のアルバムジャケットにも馬が使われていますが、どんな意味が込められてるんでしょうか?
馬はアメリカでは愛国心の象徴として使われていたり、古き良き時代の国のシンボルとして用いられたりするようです。
今作を含むBeyoncéの3部作は、かつて黒人によって育まれながらもその後白人のものとしてアメリカで定着していった音楽や文化を再び自分達の手で復興させようという意味が込められたプロジェクトだと言われています。
2作品共通して馬がモチーフとして使われているのは、前時代的なアメリカ社会を音楽の力で改革しようという思いが込められているからなのかもしれません。

25. TYRANT

9曲目の「DOLLY P」に続いてDolly Partonによる語りからスタートするこちらの曲。
「JOLENE」ではBeyoncéから夫を奪おうとした女性に対し強気な姿勢で警告を突きつけていましたが、この曲ではBeyoncéはタイトルにもあるTyrant、つまり暴君と化し過去に夫を奪ったハングマンと呼んでいる女性に怒りや嫉妬をぶつけていくような内容になっています。
Jay-Zの浮気をテーマにした「Lemonade」では「Hold Up」や「Don’t Hurt Yourself」で怒りを爆発させていましたが、この曲はそこから何年か経ってもまだ許したわけではない、傷は癒えていないというリアルな心情が描かれているようにも捉えられますよね。
曲を通したJay-Zへの警告なのかもしれないですね。
それを盛り立てているのは今作の中でも最もヒップホップ色の強いバウンシーなトラップビートです。
こちらは曲中で使われているプロデューサータグからも分かるようにd.a. got that dopeというプロデューサーによるプロダクションですね。
強烈なベースラインの上で華麗に鳴り響くヴァイオリンの音色がとても印象的で頭から離れないですよね。
これまでも何曲かでソングライターとして関わっているCamがこの曲にも参加している他、2曲目の「BLACKBIIRD」に引き続きTiera KennedyとReyna Robertsがコーラスで参加しているみたいです。

26. SWEET ★ HONEY ★ BUCKIIN’

タイトルの通り3つのセクションで構成されたこの曲。
最初のSWEETはカントリーミュージックの先駆者として知られる女性歌手、Patsy Clineの「I Fall to Pieces」の一部を引用する形で始まります。
カントリーミュージックの歴史に刻まれる60年代の名曲のメロディーのバックで刻まれるビートは、近年PinkPantheressやNewJeansなどが取り入れた事で再注目されているジャージークラブのリズムで、相反するような2つのジャンルのサウンドをミックスしようという発想がぶっ飛んでますよね。
まさにジャンルレス。
「SPAGHETTII」でも客演していたShaboozeyが再び登場。
その後HONEYへと繋がっていくんですが、これは前作の「PURE / HONEY」のセルフオマージュという感じでしょうね。
一気にテンポがスローになりオールディーズなサウンドへと変化するんですが、この部分のコーラスはこの曲のプロデューサーを務めているPharrellが担当しているみたいです。
3つ目のセクションのBUCKIIN’はまた一転して攻めのビートにガラッとチェンジ。
このあたりはPharrellらしいサウンドって感じでしたね。
ここの歌詞ではグラミー賞でBeyoncéがまだ獲得出来ていないアルバムオブザイヤーについての言及も出てくるんですが、あまり気にせずこれからも曲を書き続けるだけ、とクールにキめているのが彼女らしいですよね。
今年のグラミー賞ではJay-Zが壇上に上がり、グラミー賞の体制や受賞の基準などについて批判的なスピーチをして会場をなんとも言えない空気にしてましたが、来年のグラミー賞ではこのアルバムはアルバムオブザイヤーを獲得出来るんでしょうかね?
今から楽しみです。

27. AMEN

ラストの1曲はオープニングナンバーの「AMERIICAN REQUIEM」の続きとも言えるこちらの曲。
制作陣も基本的に「AMERIICAN REQUIEM」と同じなんですが、こちらの曲には070 Shakeが参加しているみたいです。
過ぎ去ったものに祈りを捧げ、古い思想は葬り去ろうという言葉が重く響きます。
Beyoncéの作品はどれも先人達へのリスペクトが細かく散りばめられています。
楽曲に込めた思いをより深いものにするために歌詞を引用したり、曲をサンプリングしたり、ゲストとして招いたり。
それと同時に、新しい世代にその精神を伝えながら未来に繋げていこうという思いもあるんだと思います。
ここまでの解説でお分かりだと思いますが、今作には時代を築いてきた先人達から、これからの時代を担っていく若手まで、実に幅広い世代のミュージシャンが参加しています。
そしてそこには人種や性別などの偏りは一切ありません。
長い間白人の音楽という固定概念に支配されてきたカントリーミュージックに対するリスペクトを示し、それは様々な人種や性別の人々の貢献や努力によって育まれてきたものなんだということを、Beyoncéはこのアルバムを通して伝えたかったのかなと感じました。
アルバムはまた1曲目に戻りループさせるような形で幕を閉じます。

というわけでいかがだったでしょうか。
今回のアルバムも前作に引き続き、掘れば掘るほど聴こえ方や捉え方が変わっていくような、考察し甲斐のある1枚でしたね。
Beyoncéが言っていた通り完全にBeyoncéのアルバムとして仕上がっていて、ジャンルやカテゴリーなんて関係ないという彼女の思いや意識が作品全体から伝わってくるような内容でした。
このアルバムのリリース当日にBeyoncéは日本にいて、急遽渋谷のタワーレコードでサイン会を開催するという俄かには信じがたいような出来事もありましたが、彼女が日本や日本人のファンを信頼し愛してくれているのが伝わってきて本当に嬉しかったですよね。
自分は昨年「RENAISSANCE」のツアーをアメリカのラスベガスまで観に行ったんですが、生涯で最も素晴らしいライブだったと断言出来るくらいそれはそれは凄い体験をする事が出来ました。
今作を引っ提げてのツアーが行われる際は、ぜひ日本に来てもらいたいと切実に願います。

リリースからたった数日で勢いで書いたものなので、まだまだ咀嚼しきれていないところも多々あるんですが、現時点で自分が感じたことを残すという意味でも、考えを整理する意味でも、この記事を書いて良かったなと思っています。
自分もそうですが、このアルバムを通してカントリーミュージックの歴史や黒人文化について考えた人も多いんじゃないかなと思うので、そう言った意味でも意義深い作品だなと思いますね。
個人的な考察にはなりますが、このアルバムの魅力や奥深さが少しでも伝わったら嬉しい限りです。
最後まで読んで頂きありがとうございました!

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