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満月の朝

咽せ返る程に人が多いネオン街を
あてもなく歩き続ける。
日曜日の夜なのに人が多い事に
無性に腹を立たせながら
一人で廃れた小さな居酒屋に入った。

店の壁に貼られた黄ばんだお品書きは
店の歴史が一目で分かる。
店を切り盛りしているのは
もみあげの白髪が妙に濃いお爺さんと
腰がほぼ90°に曲がったお婆さんの2人。

僕は出汁巻き玉子と青唐辛子の醤油漬けと
お漬物をあてに鍛高譚を浴びる様に飲んだ。
大して飲めないのにこの日は
何故かアルコールを身体に入れないと
自分が自分でなくなる様な気がした。

閉店時間はとっくに過ぎていたけれど
老夫婦は何も言わずに店内でたった一人の
客の僕の為に店を開け続けてくれいた。

日付が変わって5時間が経って
痺れを切らしたお婆さんが
「そろそろその辺にしときや。」と言った。
僕はお会計を済ませて外に出た。

あれだけ騒がしかったネオン街は
静まり返っていた。
僕は帰路についた。
道中で吐瀉物塗れで側溝付近に横たわる
若い女性がいた。

吐瀉物塗れでなかったら
声を掛けていたかもしれない。
いや、自分もかなり千鳥足だったので
それはしなかったか、、、

酒に飲まれてボロボロの僕は一度立ち止まって
ラッキーストライクのソフトに金のZIPPOで
火を付けた。

周囲にはちらほら始発で仕事に向かう
サラリーマン達が気怠そうに駅に向かって
歩いていた。

その人たちを見ると自分が実に情け無く思えた。

ネオン街を抜けてボロアパートへ向かう
帰路でふと空を見上げると黒と深い青の
グラデーションの中に満月が薄らと浮かんでいた。

何故、僕は生きているのだろうか。
アルコールで思考が鈍くなった脳で
必死に考えた。
考えれば考える程
何故が涙が溢れ出してきた。

人生には答えや正解のない事が多々存在する。
だけど僕たち人間は他人の成功法が
正しい気がしてそれに順応する事が出来ない
自分を責めて心の中が散逸してしまう。

このまま明日なんて来なければ良い。
このまま今日という日が始まらなければ良い。

僕はまだまだ屍にすらなり切れない。
どうやらもう少し生きなければならないみたいだ。

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