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「ただ、いる、だけ」の風景をまもり続けたい

少し前に、「薬屋の生活と意見」というエッセイを書いた。ちょっと偉そうな雰囲気を醸し出したエッセイかもしれないが、書いたきっかけはいたって受動的だった。ライティングサロンで提示された課題が、○○の生活と意見というタイトルであなたの顕示を語ってください、というものだったからだ。

わたしは何の迷いもなく能動的に書いた。言わんとする結論が決まっていたからだ。このところ、わたしたちの薬剤師業界(医療、介護・福祉全般に言えることかもしれないけど)は、国の税金で仕事をしているのだから、その存在価値をエビデンスで示せとばかり言われている。コストは有限だから致し方ないし、それが薬剤師という職種そのものの否定にはつながることはない、とわたし自身は楽観している。けれどもtwitterのタイムラインを眺めると、悲観やこれまでの歴史を否定するツイートが見受けられたり、なんだかなあと思う節もあった。だから「薬屋の生活と意見」というエッセイを借りて、わたしの顕示というよりは、「桜の樹のようにそこに居続けること」の価値を同じ薬剤師さんたちに伝えたかったのだと思う。

・・・

東畑開人さんの「居るのはつらいよ」を読み終えた。twitterのタイムラインとは困ったもので、流れてきた書籍情報を眺めると、読みたくなってしまう本が多い。わたしは、タイトルと「ケアとセラピーの覚書」というサブタイトルの印象だけで購入を決めた。精神障害者の就労支援施設に仕事で出向くことがあり、元々興味のある分野だからだ。本屋に行く時間もないので、amazon経由で本を手に取った。
「あれ、この本は医学書院の「シリーズケアをひらく」だったのか!」
ようやく、学術書であることに気がつく。けれども読み始めると、沖縄ならではの強い日差しと海が見えそうな景色の描写と、あるデイケアを舞台にした物語が繰り広げられて・・あれ、学術書だよね?とこうやって読者を引きずり込むのだ。

ところがデイケアの物語の終盤に入ると、わたしが本に対して抱く勝手なイメージは、沖縄の開放感あふれる景色から、建物の窓がない地下室にもぐりこんだような閉塞感のある風景に変わる。まるで今の世の中のように。「診療報酬」という檻の中で仕事をするわたしたち医療従事者のように。

僕らはもはや市場抜きでは生きていけない。社会はあまりにも複雑化しているし、かつ僕たち自身が、自立した個人が自由に交換を行うことの魅力を手放すことができない。だから、市場の外に僕らは出ることができない。なんだかんだいろいろな事情があって、高い理想や理念があったとしても「それでちゃんと食えるのか?」と会計の声が響いたら、ぐうの音も出ないのが僕らの世の中だ。 ー 「居るのはつらいよ」322ページ
「ただ、いる、だけ」のコスパを追求しているうちに、コスパのための「ただ、いる、だけ」が出来上がってしまうからだ。ケアの根底にある「いる」が市場のロジックによって頽落する。ニヒリズムが生じる。こいつこそが真犯人だったのだ。 ー 「居るのはつらいよ」329ページ

わたしたち薬剤師の仕事が、処方箋をみて「ただ棚から薬を出すだけ」でしょ、と揶揄されることがある。これは、処方箋を通じた医薬品とそれに付随する情報の交換にココロが通っていない結果なんだろうと思う。だから、効率化しようという流れになる。もちろん、診療報酬という檻を壊すと地域で医療を提供できなくなるし、効率化という会計の声を無視することはできない。働き手が少なくなって高齢者が増えるこの先のことを考えたら、当然だろう。わたし自身が患者になったときに、どういう医療や介護を受けられるのだろうという不安さえ覚える。

その前に、機械化がどんなに進んでも、働き手であるわたしたちは生身の人間だ。
「ただ棚から薬を出すだけ」という揶揄は、薬剤師たち自身を浸食するニヒリズムとなっているかもしれない。だけど、自己否定を抱えたまま働き続けることは人としてよろしくない。わたしたち働き手にもケアが必要だ。

仕事をしていると幸いなことに「手数かけたね」「ありがとう」と言ってもらえることがある。こういった反応をしてくださる患者さんのほとんどは、「薬局にいつもいる先生と話をして帰ること」を重視してくださっていると思っている。こうして、わたしはケアされながら薬局での毎日を過ごしている。

「ただ、いる、だけ」は、風景として描かれ、味わわれるべきものなのだ。それは市場の内側でしか生き延びられないけど、でも本質的には外側にあるものだ。 ー 「居るのはつらいよ」337ページ

「ただ、いる、だけ」の風景をまもり続けたい。
そして、患者さんのために「いる」ことだけではなく、自分自身の「いる」について、もう少し熟考する1年にしたいと思う(働き方改革かな・・)。

こんな風に、自分自身の「居る」に置き換えていろいろな考えを巡らせた。つまり、「居るのはつらいよ」は読み手自身のセラピーにもなる良書かもしれない。



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