入院しています。

3日前から抗ガン剤治療のために入院をしている。
偶然にも前回と同じ部屋、同じベットになった。

冬の入院風景と違い、街路樹の新緑が綺麗で、高層階の病室から風に揺れる木々を眺めるのが楽しい。観察していると、こうやって揺れるのかと新しい発見もある。
日常的なアングルが違うのか、普段気に留めていなかったことなのか、ゆっくりするということの大切さを改めて感じる。

4月に人事異動があったのか、前回お世話になった看護師さんが見当たらず、前回見かけなかった看護師さんのお世話になっている。

一昨日、複数の抗ガン剤を服用と注射をした。いわゆる標準治療というものだ。
一度に服用する錠剤の量は多い、人生で初めてこんなに大量の薬を服用した。

腫瘍が見つかった11月、僕は自殺を考えた。
眠ることはおろか、30分も体を横にすることもできないほどの激痛。
日々、足が動かなくなり10cmも足が浮かない状態までになる。
体が急激に老いることを実感する、仕事なんてできない。絶望したが、ずっと原因不明だった苦しみが判明してどこか安堵もした。

ガン患者が自殺するのは、痛みだけではなく、希望と仕事を失い絶望と孤独しか残らないからだ。それが僕のガンだった。こんな状態のときに散弾銃と実弾なんて所持しているものじゃない。

12月末にブログでガンを公表してから大量に代替医療と言う名のインチキ療法と食事療法と宗教の勧誘がきた。
“子どものために、奥さんのために。”“絶対に良くなるから。”という一番弱いところをついてくるから、正直なところこちらも心が揺れた。
お見舞い電話に悩まされた、電話が鳴り止まなくてiPhoneが作動しなくなった。
電話の内容は勧誘もしくは安易な励ましだ。それも何年も連絡をとっていなかった人からくるので、相手の身の上話まで聞かされる。

ガン患者はガン以外で苦しめられるという事実をガン患者になって知った。
闘病なんて言葉があるけど、これはガン細胞と闘うだけじゃない。
味方であってほしいはずの友人や親族、足並みを揃えるべき家族や医療従事者とすら場合によっては闘わなくてはいけないのだ。

日本人の二人に一人がガンに罹る、健康なもう一人は看病をしなければならない。
日本人でガンに関わらないで生きていくことは困難で、よっぽど運がいい人か孤独で健康な人だ。
それなのに多くの人はガン患者にどう接して良いかわからないし、自分がガンになったときどうしたら良いかもわからない。

1月末まで放射線治療で入院して劇的に足は回復した。
本来であればそのまま抗ガン剤治療に入ることろ、僕は取材を進めた。

ガン患者と家族、ガン経験者やご遺族、医療従事者。
難病や精神疾患や発達障がいを抱えて生きる人。
イジメ被害者や加害者、引きこもり経験者。自殺することを決めてる人。殺人経験者など様々だ。そして健康でガン患者とどう接して良いかわからないという人にもたくさん会った。

退院してから今回入院するまでの3ヶ月間で多くの人の話を聞けた。みんな本音で語ってくれたように感じる。
僕が未熟なために相手の話に胸がつまり、取材中に何度も涙を流してしまった。

自殺をしなくて本当によかった。あそこで死んでいたら、当たり前だけど今はない。人生を生きる意味はまだわからないけど、生きる価値はあるものだと僕は感じている。それでもいつでも死ねる手段を持っていたことが心の支えになっていたことも否定できない。だから僕は自殺を否定もしないし、安楽死は必要だとも思っている。

自殺を留めてくれたのは、緩和ケアの医療従事者と妻と子どもの存在、そして何より僕の覚悟の無さ。
緩和ケアが痛みと苦しみを和らげてくれて、家族が希望を与えてやりたいことに反対せずに背中を押してくれたことで、僕の覚悟の持って行き場所を変えられた。

ガンになったらガンになったことでできることをやれば良いだけだ。
ベストは尽くせなくても、ベターを目指せば良い。
健康な人と同じ能力を発揮することはできないので、健康な人ができないことをすれば良い。
人と比べるのではなく、比べるならば過去の自分と未来の自分だ。それを見つめるための孤独でもある。

取材でまとめたものを、書籍にする。生きること死ぬことに関する本だ。
この書籍とは別に年内に4冊本が出る、写真を中心にしたフォトエッセイや文章を中心にしたエッセイなどだ。

健康な時よりも忙しくなってしまった。
ガンになって過労死したら働き方を議論する社会に一石を投じそうだけど、きっと自業自得という言葉の津波がくるから死なない程度のペースでやらなくては。

人生というのはどうなるかわからない。写真家として夫として父親として一番輝いているのは今だろう。多くの人が支えてくれているので、まだちょっと死ねない。

昨日の夕日が綺麗だった、病院内では写真を撮ることが難しいので外の風景ばかり撮影している。写真を始めたばかりの頃、空ばかり撮っていた。

最後に治療と原稿作業に集中したいため、お見舞いは遠慮します。

お見舞いって死なない病気だったら話相手ができてありがたいんだけど、僕の場合あまりにもみんな深刻な顔でくるから、こちらが和ませないといけないからちょっと面倒なんだよね。プロ意識のないキャバクラ嬢に当たったときの感覚によく似ています。

facebookのメッセンジャーにも応援メッセージが届いています。
励みになりありがたいのですが、取材関連や仕事関連のメッセージが埋もれてしまい、業務に支障が出ています。

なのでレターポットで応援メッセージをお願いできませんでしょうか。
入院患者にはレターポットが負担が少なくありがたいです。
みなさまからいただいたレターを何かしらの支援の形に回せます。

だからインチキ医療も食事療法も宗教の勧誘も安易な励ましもレターポットでください。

レターポットだったら大歓迎。

よろしくお願いします。


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幡野広志

#エッセイ 記事まとめ

noteに投稿されたエッセイをまとめていきます。 photo by 横田裕市( https://note.mu/yokoichi )
2つのマガジンに含まれています

コメント1件

私も3年前に癌告知を受けました。あれから、体も心も変わったけど、私も死ななくて良かったと思って暮らしています。幡野さん、握手✋。
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