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【短編小説 丘の上に吹いた風 プロローグ 】始まり

プロローグ -始まり-

机の脇の引き出しにしまっておいたはずの天使の本を探し始めて、かれこれもう一時間になる。あちこちひっくり返して舞い上がったほこりが、窓から差し込む日差しにちらついた。
三田ははたと思い立ち、ドアを開けて談話スペースに出るとその脇の本棚に向かった。
「まさか・・・・・・」
一冊分開いていた隙間にぴたりと収まる天使の本があった。
三田は背筋が凍るのとは違う奇妙な感覚にとらわれた。この辺りじゃ狐か狸の仕業かと思うようなことが時々起こるんだと、あの日近所の住人達がまことしやかに話していたのを思い出した。
天使の本は担当刑事の大島から返却されてからしまったきり、一度も手に取ることはなかった。そうなると、誰かが本棚に戻したことになる。
「少し疲れているのかもしれんな」
本棚から天使の本を抜き取って院長室に戻り、ドアを閉めた。一番下の引き出しを開け、散々かき回した書類を全部出して天使の本を置き、今度は鍵をかけた。
「長い攻防になりそうだ」
どさりと椅子に腰を下ろして何やら考え始めた様子の三田を眺めながらミカエルはやれやれと息をつき、天井の隅にふわりと消えた。


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潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)