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だが後悔はしていない

今日はね、疲れてるからゆっくり休もうと思ってた。

昨日までも忙しかったし、明日からも仕事忙しい。
喉も痛い。
だから休養して、ゆっくり体力を回復させる予定だった。

なのに。

私は今日、六時間かけて母方の祖父の戸籍謄本を書き写し、家系図を作っていました。
誰に頼まれたわけでもありません。
ただただ自分の知的好奇心のために、ひたすら戸籍謄本を読み込んで、それを書き写していました。

いやあ戸籍のね、全部記載の謄本を手に入れたのよ。
祖父の。
相続の手続きに使うので、司法書士さんに提出しないといけないんだけど。

ちょっと目を通したら、このまま渡すの勿体無くなっちゃって。

せっかくだから読み込んで、全貌を把握できていない親戚の名前と関係をきっちり理解しようと思ったの。
コピーしようかと思ったんだけど、それだと頭に入らないし、明治大正あたりの手書き戸籍の部分、達筆すぎて判読大変な部分があるのよ。
コピーしてインク薄く出たりしたら、もうこれは迷宮入りだなと思って。
一生解明できない謎になってしまうと思って。

丁寧に書き写しました。
誰がいつ生まれて、誰が届け出て、誰といつ結婚して入籍して、新住所がどこだったのか、みたいな、知らなくても全然生きていける情報を。

はっきり言って無駄なことだって分かってる。
今更その、ひいひいじいちゃんの名前とか知ったところで、これからの私の人生には恐らく関係ないであろうことは。

でもね、知りたくなっちゃったのよ。
どういう人がどんな風に生きてたのか。

最早ドラマを観る感覚と一緒なのよ。
ドキュメンタリー「あの頃私の先祖たちは」みたいな感じなの。
百年前に生きてた人達の話も含まれるから。

でも、この人達がいなければ私は生まれてないし、母はこういう人達と一緒に生きてたのかとか、祖母はこういうところに嫁入りしたのか、とか思うと、それがちょっと面白いわけ。
私としては。

生まれたばっかりで亡くなった人もいるのよ。
その親がその後また子供を産んだりしてるのよ。
そういう人の気持ちを想像したりするわけ。
「どんな気持ちだったんだろうな」って。
離婚してすぐ新しい人と結婚してたりすると「親戚がうるさかったんだろうな」とか勝手に想像したりして。

要するに妄想が捗るんですよ。

登場人物が自分の親戚で、かつ、その人たちが生活していた場所の今を見ている身としては、より、リアルな妄想が出来るわけですよ。

それでね、私の休みはほとんど終了ですよ。
バランスボールに座ってパソコンデスクで作業してたから尾てい骨痛いし、する予定だったお昼寝も全然出来なかった。

でも、後悔はしていない。

恐らく今祖父の親戚関係図に一番詳しいのは私。
なんのメリットもない称号を得て、勝手に満足感を得ている。

こうして無駄に休みの日の時間を使えることこそが幸せだと思うんですよ。

今度帰省したときには、お墓参り、長めに手を合わせようと誓ってる。
ご先祖様、どうもありがとうございます。
生まれてこれたお陰で私はのびのび生きております。
と、感謝を伝えてくる予定。
次の帰省が楽しみです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
それではー。

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