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酷暑下のトレーニング術 -- 戦うな、和解せよ

スポーツ界でよくみるもの:

「私は暑さに弱いから、暑さに強くなるためのトレーニングをする!
 酷暑の中で、疲労困憊しながら、動き続ける!」

逆効果だと思う。「暑さで疲労困憊する練習」は、脳がダメージを学習し、もっと暑さに弱くなると思う。

本当に必要なのは、暑さと闘わないことだ。

たとえば山でヒグマに遭遇したとき(銃をつかわず生身の身体だけでいえば)、必要なのは、ヒグマと闘わずにやり過ごすこと、ヒグマを倒す方法をトレーニングすることではない。同じことだ。

酷暑&高湿度での長距離トレーニングとは、我慢比べではない。科学的知識を活かした知的な冒険だ。そのために、暑さとは戦わない、逃げ続けて、暑さによる消耗を徹底的に避けることが大事。

思いどおりに身体が動かなくても気にしない。暑さ自体にトレーニング効果があるから、今まで通りにできなくていい。

具体的にいえば:

①1セット10分以内、②運動:休息比率=1:1、③ 汗は流すな水をかけろ

であるという説明をしたい。

まず知るべきは、暑さをガマンしながら長時間練習するのは、「悪い動きの学習」であり、「レースでの敗北の入念なリハーサル」であるということ。

このことはマトモな指導者なら熟知していると思われ、陸上長距離なら1984ロス五輪での瀬古利彦さんの失敗に学んでいるはず。しかし社会の多数は情報弱者であるもので、学習不足のインスタント部活顧問や地域チーム指導者や大人デビューの市民アスリートなどが、一生懸命、「ヘタを固めて、負け癖をつける」ことに熱中してゆく現実があるようにも思われる。

ちなみに僕はたいしたアスリートではないが、「自分なりの達成度」だけを基準にいえば、酷暑下のレースを外したことがなく、明けた9-10月のレースでは自己最高のパフォーマンスを出してきた。その経験的方法論を説明する。

基本 "ハードにやるな、スマートにやれ"

トライアスロン界の神、デイブ・スコットの1980年代の名著に記されたこのトレーニング格言は、酷暑下でのトレーニングにもあてはまる。

「ハードな練習」とは「悪い動きの学習」であり「レースでの敗北の入念なリハーサル」になりがちなのだ。(当noteでは主にランニングについて書くが、野球サッカーのような知性を必要とするチームスポーツでは、この問題はより深刻ではないだろうか?)

「スマートな練習」の第一歩は、めざす効果を得られる最低条件を知ること。要点:

1.『体作り』と『暑熱順化』のプロセスを分ける
2.暑熱順化には7~10日間かかる
3.体が疲れていると暑熱順化のスピードも遅くなる

1=「体を作りながら暑さにも慣れる練習」はやりすぎで疲弊する、2=2週以上やらなくていい、3=身体はフレッシュに保て、というわけで、根性ガマン系の練習が「負け癖練習」になることの理由でもある。

その上での、酷暑下でのトレーニングの位置づけとは:

「この酷暑環境でも、ハイパフォーマンスな動作をしてもいいんだよ!」

と脳と身体とに教えてあげることだ。あるいはお宝をめぐる冒険のようなものだ。危険な練習場に侵入し、熱に追いつかれる前に「トレーニングの成果」を獲得し、帰還する。そして水シャワーで身体深部の熱をとり、食事&休養によって成果を換金するのだ。

① 酷暑下の運動は1セット10分以内

ランニングで、暑さとパフォーマンスの影響は、距離別(=時間別)にみると、
・800−1500m(5分未満): パフォーマンスは上がる
・3000m(10分未満): ほぼ問題ない
・5000m(13分以上): 落ち始める
・2時間超のマラソン: 明らかに遅くなる
だといわれている。(以下ツイートの流れ参照)

つまり、高強度パフォーマンスの目安は10分間。

サウナ好きも、長く入りたいとき、たとえば「サウナ6分×水風呂3分」の3セット、とかするようで、基本原理は共通すると思う。

② 運動:休息比率=1:1

東大陸上部の竹井尚也コーチの科学情報まとめブログによれば、「高強度インターバルトレーニング」(距離短め)ではしっかり休んだ方がよく、運動と休息の時間比=1:1推奨。

デイブ・スコットは、より長い距離を想定した「長距離トライアスロン」向けで運動2:休息1を推奨するが、蒸し暑い日本の夏では1:1と長くとって、心拍数を落とすことを推奨している。

蒸し暑いと、心拍数がパフォーマンス以上に上がるし、また下りにくいから。これは2018年の来日講演で言っていた。(彼は長良川とか真夏の日本でのレース経験もあるはずで、状況をよく理解されている)

ということは、心拍系へのトレーニング効果は高いということ。良い面は活かして、トータルで組み立てればいい。

③ 汗は流すな、水をかけろ

「30℃の12kmジョギングで、2.8〜4.1gの塩分喪失」とは24時間走😅のトップランナー、セルフ人体実験研究家の小谷修平さんの報告↓↓↓

同時に他のミネラル類も喪失しているわけだ。生命維持に貴重な水とミネラルを失っても、それ以上に体温調節は重要だから、こんな仕組みになっているんだろう。逆にいえば、汗を流すとは「非常事態の手前」であるともいえる。

さらに、汗を流すということには、それ自体の医学的な効果はない。「流れる汗」とは気化熱として活用されなかった残り、むしろ水とミネラルという希少な体内資源の喪失、ム・ダ・な・の・death。

ついでに書けば、「毒が汗と共に流れ出す」といういわゆるデトックス効果もない。このNATIONAL GEOGRAPHIC記事でも説明される通り。

❝人間が汗をかくのは体温を下げるためであって、老廃物や有毒物質を排出するためではない。その役目を負うのは、腎臓と肝臓である❞

汗によって排出されるものがあるとすれば、それは 心 の毒素。この精神的効用まで否定するものではない(念のため)

つまり正しくは、こんな仕組み:

運動 → 心のデトックス + 副産物としての(無価値な)汗

スッキリするのは運動したからであり、汗が無駄に流出したからではない。汗による排毒とは「因果関係の誤解」である。だから、そもそも汗をかかずに済むよう、汗が出る前から身体に水をかけ続けることも大事。

シンプルに実行できるのに、なぜか日本の熱中症対策で語られていないのが不思議。本当に不思議。特に公的機関からのメッセージでは、水分補給だけが言われがちなのは不思議だ。この問題は次のNoteで詳しく書いた ↓

応用1. 長距離化

勝負レースがいつか? 真夏の前までどんな練習をしてきたか? クーラー効いたジムを使うか? 涼しい早朝にどれくらいできるか? 等々の個々の事情にもよる話なので、ここでは詳しくは書かないけど、以前から説明している「要素分解」の考え方で対応できると思っている。

1つの医学的事実として、耐暑能力とは、6日から2週間もあれば獲得可能なもの。その期間を過ぎても暑さの中での運動能力を高めようとするのは、デイブも30年前に説明していた「収穫逓減の法則」=ディミニッシング・リターンに入るだろう。

2週間の内訳について、今見たお医者さんTwitterによれば:

汗がしっかり出るようになるまで10日かかり、その汗で深部体温が下がるのにさらに4日間かかる。この間、血流を増やし放熱させるため、1週間ほど心拍数が高めな状態となるそうだ

基本は、暑さと関係なく、運動能力を高めておくことだと思う。あとはレース中の冷却で対応する。

不安なら、暑くなる前に長距離用の練習を終えておくと良い。さらに夏休みなどを使い、冷涼地で長距離を走って、身体記憶を戻しておけばいい。人の身体は結構記憶しているものだ。

応用2. 種目別

以上、主にランニングを対象に書いた。ランニングが最も影響が大きく、かつ、練習での選択肢も多いと思う。

自転車の場合:
舗装路の輻射熱はあるが、平均時速40kmの風を常時うけるわけで、ウェアに水を掛けて気化熱で冷却し続ければいい。

掛ける専用の水ボトルは、最低1本をフレームに付けておく。安全な場所で走りながら掛けることで、レース中の補給の練習にもなる。

ウェアはアームクーラーで長袖化するといい。腕がもっとも水をかけやすい。1日30分を超える日射=日焼けはマイナス要因だと思うし。「ボレロ」だと肩まわりの日焼けも防げて、トライアスロンのレースでのバイクパートでも便利だ。

水泳の場合:
涼しいようで、屋外プールでは結構暑い。目黒の50mプールは安くて雰囲気もよくて好きなのだけど、早朝から日射が入って水温30℃を超えて、日射もあり、熱にやられがち。夕暮れから閉館までのタイミングが僕は好き。

戦術性が重要な競技の場合:
冒頭ちょっと書いた、情報力・判断力・競技中のコミュニケーションなどが高度に必要な競技では、暑さをガマンしない練習がさらに必要だと思う。体力の消耗を避ける工夫として、高校サッカーの強豪、中京大中京高がeスポーツ=サッカーのTVゲームを活用してる事例を1年前に紹介した ↓

心構え1. 「練習はレースのように」の真実

抽象的な心構えも書いておこう。「練習はレースのように」とはかっこいいトレーニング格言の1つだけど、かっこよすぎて誤解されがちかなとも思い、この但し書きとセットであるべき:

「レースのような"ハードさ"」を毎回の練習で求めてはいけない

暑いなかでのトレーニングに即していえば

「どんなに暑かろうが、自分の限界に迫るパフォーマンスを出せないのなら、練習効果は出ない」

だと思っている。

1匹の動物としてマトモな機能を保てる範囲内、10分以内のトレーニングを基本にすればいい。

心構え2. 「決めたことはやりきる」とは考えない

暑くない時から環境が大きく変わるのだから、練習のしかたも大きく変わるのは当然のこと。酷暑という環境変化は人体にとって極めてシビアな状況なのだから、練習時間も、休憩時間も、あらかじめ決められるものではない。

決めたことをやりきろうとするのではなく、今ある状況で、自分にとってベストな対応を導き出すことが、極限状態では必要。チームスポーツだと少々アレンジ必要ではあるけど。といってもこの方法でなら、そもそも極限状態を作らずに逃げ切ることができる。

忍耐自体にトレーニング効果はない。決まりを守ることにもない。身体と頭がフレッシュでなければ成果は出ない。そうでしょう?

僕の練習法

僕が好んでやってたのは:

10分以内の高速トレーニング→ 十分な冷却→ 体温を下げ再スタート

といったレペティション・トレーニング=休憩の長いインターバル錬だ。僕自身も情報収集と直感をミックスした結果、真夏はこうした練習で満足できる結果を出してきたのだけど、あとから調べるほど、今回書いたような根拠が出てきたのだった。

練習場所では、練習場所に、公園など水道がある周回や往復コースを選んでいる。

1本終えてから、水で頭(=大脳+首まわりの動脈)から冷やし、腕脚の筋肉も冷やす。この休息時間は決めない。心拍計が一定数値を下回ったら再スタート、という仕組みにすることはある。体温と心拍を十分に下げられたら、再スタートする。

特に東京世田谷の砧公園は、木陰が多く、水道も十分あって、日中でも涼しく練習できる。

長距離対応でも同じで、2013年10月の初アイアンマン226km挑戦で満足できる結果を出すことができた。(それまでの最長は113kmの常滑予選、1度だけ)

夏の東京でやっていたのは、ラン錬なら1-2km走り、砧や二子玉川の公園の水道で冷却しきり、再スタート。バイクなら3km全力、ボトル水を全身にかけ、再スタート。ランで時速20km近く、バイクは40km超の空冷効果で、意外と涼しくトレーニングができる。

※水道などない場所では、水を手持ちするとすぐ使い切ってしまうので、氷がベスト。強豪ホビーレーサーの高岡亮寛さんは「水切りネット」に入れてるとの記事:

自宅からなら、水道水を凍らせとけば最安値。僕はスーパーの保冷専用の飲めない氷をそのまま冷蔵庫に入れて、半分溶けたのを持って走り出すことはある。かなり冷たい。冷蔵庫の電気代も下がってるはず😁

・・・

情報力の高い選手や親ほど、こうした先進的なチームが選択肢に入ってゆくわけで、スポーツにおける情報格差(チーム側の情報発信力も含めて)は、これから拡大してゆく気がする。

画像1Photo by Vicko Mozara on Unsplash


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