見出し画像

“騎士団長殺し”読書感想文1.

“今日、短い午睡から目覚めたとき、〈顔のない男〉が私の前にいた。私の眠っていたソファの向かいにある椅子に彼は腰掛け、顔を持たない一対の架空の目で、私をまっすぐ見つめていた。…

「肖像を描いてもらいにきたのだ」…

彼は半分顔を隠していた黒い帽子をとった。顔があるべきところには顔がなく、そこには乳白色の霧がゆっくり渦巻いていた。”

言わずと知れた村上春樹の❝騎士団長殺し❞のプロローグだ。鮮やかな導入だと思う。一気に読者を異次元の荒れ地に吹き飛ばしてしまう。この顔のない男の属する場所は、ダンテの神曲や松尾芭蕉の辞世の句に詠まれた、荒れ地と同じだと感じる。〘旅に病んで夢は枯野をかけめぐる〙

この顔のない男という、物語史上に残る題材に触発されたアーティストはいないんだろうか。顔の部分に乳白色の霧が渦巻いている男の肖像画を描いた画家が、もうすでにいれば、どうか誰かnoteに投稿して知らせてほしい。

顔のない部分に何を描くか?                                         秋の裏寂しいベージュ色の野を沈む日が照らしている。薄暮の野中を蛇行する白い道。月光にさざめく大きな河。

この顔のない男は、読者すべてに訪れていると思う。一回この世の境まで行ってみる。あちらに踏み込む。そして見たものを、顔のない男に、はめ込む作業は、まずアーティストと呼ばれ、自称する勇者に課された作者の呼びかけと感じる。肖像画でもいい。だまし絵や風景画でも、楽曲でもいい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?