鍵とスマホを忘れて家に入れなくなった話
数年前の、ある土曜日の朝こと。都内で習い事がある旦那を最寄り駅まで車で送り届け、帰ってきて部屋の鍵をあけようとカバンの中を探ると、鍵がなかった。
金属の鍵なら車の鍵とセットにしておくから忘れないのだけど、あいにくうちのアパートはカードキーで、Suicaと一緒にパスケースに入れている。
どこかに落としたということは考えられない。わたしはズボラの極みでものの管理が下手くそだ。おそらく前日の夜に鍵をどこかに置いて、出る時カバンに入れ忘れてしまったのだと思った。ちなみに行きは旦那が鍵を閉めたから、そのことに気付くことができなかった。
仕方ない、ちょっと申し訳ないけど旦那を呼び戻そう、と思ってカバンの中を探ると、なんとスマホもなかった。
どうしよう……。旦那が帰ってくるまで、家に入れない。
わたしは考えた。旦那の習い事は3時間ほど。移動時間込みで約4〜5時間留守にする。別にものすごく遅くなるわけじゃないし、車内で何かしらの時間つぶしをして待つことにした。スマホがないから、どこに連絡できるわけでもないし、なんか、いろいろ、めんどくさいし。
ちなみに我々夫婦はよく車中泊で旅行するので、車には布団が積んであり、おまけに窓ガラスに貼る遮熱遮光のシェードもあるので、プライバシーバッチリの完全お部屋モードにできる。だから中で過ごすのは苦痛ではない。むしろ快適なくらいである。
ただここはサービスエリアではなくアパートの駐車場。そこでエンジンをかけているのに中が見えない車…しかも土曜の真っ昼間に。客観的に見て怪しすぎる。
そこまで考えたけど、めんどくささが勝った。顔が見えないんだからいいじゃん、そう言い聞かせながら、結局車内で過ごすことに決めたのだ。
(シェード貼るのはめんどくさくないんかいというツッコミは野暮だゾ☆)
そうして時間をつぶすため、近所のコンビニで軽食とミニノートとボールペンを買い、そしてノートに絵を描いたり、考え事したり、車で軽く寝たりしていた。
そんなこんなでだいたい一時間〜二時間くらい経った頃。
「暇だ」と思った。
というか、飽きてしまった。
スマホがないせいで、考え事をすると気になることが調べられないし、イラストを書こうにも資料が見たいと思うとスマホを手にとって調べられないし、知的好奇心が満たせないし細部が曖昧なまま何かをするっていうのがものすっっっごく苦痛だった。
あと、ちょっと暑いからエンジンかけてたけどガソリンもったいない。
ここにきて、ようやく「あれ、この状況って結構まずいのでは?」という思考に至った(遅い)。
たとえば仮に、旦那が、習い事の帰りに飲み会行くことになって、この状況がずっと続いたときに耐えられるのか?そうでなくとも、旦那が帰りに最寄り駅に着いたときわたしに連絡するだろ、「迎えに来て」って。そのとき連絡つかなかったらめっちゃ心配しない?っていうか普通に返事来ないと寂しがる。
仕方ない。どうにかして鍵を開けて中に入るしかない。こういう時、どうしたら……あ、管理会社か。よし管理会社に連絡……はできないから、凸るしかないのか。
そこで大きな(精神的)ハードルが立ちはだかった。わたしの服装である。
このときの格好は、くたくたのパーカーにスウェットにサンダル、すっぴんに家用のクソダサ眼鏡という、超絶部屋着スタイル。ちょっと洒落た言い方をするとワンマイルウェアってやつだ。ちなみにノーブラ。ブラトップ?んなもんないよ。
そんな行けて近所のコンビニか裏の畑が限界な格好で、管理会社のある、駅前のちょっとハイソなタワマンの並ぶ界隈に行く……だと???無理じゃない???対人恐怖こじらせてるのにそんな高難易度クエストこなせるわけないじゃん。
とはいえ、背に腹は代えられない。恥ずかしいとか、旦那が不安になるとか以前に、普通に、連絡できないのは、まずいよな。打てる手段を打ってから死のう。謝る時は「全て手を尽くした」と言うべきなのだ。
幼い頃、周囲の視線が怖いと訴えたら、周囲からこぞって「考えすぎ」「気にしすぎ」と言われて腹が立ちムキになり、「おっしゃーお前らがそういうんならほんとだろうな?誰も見てないならとことん図々しくなってやんよ」という開き直りメンタルを手に入れたわたしをなめるなよ。
恥ずかしい心を押し殺し「あとでネタにできる」「おいしい展開」という呪文を必死に唱えながら車を走らせ、管理会社へ向かった。
管理会社の前までは5分ほど。しかしまた問題が起きた。なんと、ブラインドカーテンが降りていたのだ。
「嘘やろ……閉まってる……」
神は死んだ、と思った。
しかしそのときふと、昔旦那が勤めていた会社を思い出した。土日は休みだが、外部からの問い合わせに対応するため、交代で出勤する日があったことを。
なら管理会社にも、当直の人がいるはずじゃないか?表向き閉まっている体だけど、中で臨時対応するスタッフがいたりするものじゃないか?
まだだ、まだ慌てる時間じゃない。
そう思って車の中から目を凝らすと、ブラインドカーテンの隙間から、蛍光灯がついているのが見えた。よし、勝てる(何に)。
ふと、自分の格好を省みる。ダサい。あまりにもダサい。心が折れそうになる。けれどやはり背に腹は代えられないのだ。何より旦那が心配する顔が見たくない。わたしは再度腹をくくった。
路肩に車を止めて入り口へ。鍵が閉まっていたのでノックすると、中の人が出てきてくれた。中には女性スタッフが二人いた。突然やってきた謎の部屋着メガネにめっちゃぎょっとしてた気がする。そりゃ、カーテンおろしてるのに、入ってこられたらびっくりするよね!!!!!
「家に鍵を忘れ、スマホも忘れました。鍵は同居人が閉めたので、帰ってから気づきました」と正直に状況を伝える。話しながら、心底情けない気持ちになる。健康保険証で本人確認をしてなんとか中に通してもらえた。ああ、これで終わり、これで開けてもらえる。
と思ったが、そうはいかなかった。
「鍵の管理はセ○ムに委託しているので、セ○ムに連絡します」
そう言われて、そういえば入居の際に合鍵を一枚セ○ムに渡してたのを思い出した。管理会社の人が、デスクの電話からセ○ムにかけてくれた。ありがたいなあ、と思っていたら「ではお願いします」と受話器を渡されてしまった。
ああ、そうか、こういうときって本人が喋らなきゃいけないもんな……。
わたしはこのくそ情けない状況を今度はセ○ムの人に説明した。正直もう情けなさ過ぎて涙も出なかった。だって自業自得だしな。
本人確認が完了し、合鍵をセ○ムの人にアパートまで持ってきてもらえることになった。これで今度こそ開けてもらえる。ひと安心だ。管理会社の人にお礼を言って、急いで家に向かった。
しかし、ここでもうひと波乱あった。
うちのアパートの駐車場は、わたしが契約している場所からは部屋の入口がちょうど死角になる。つまり駐車場に停めていてはセ○ムが来た時気付けない。だから、待つとしたらアパートの玄関前の路肩に停めて待つしかないのだ。
え?車から降りて玄関の前で待ってりゃいいじゃねえか、だって?
恥ずかしい格好だって言っただろ!!!!!!!!!!
そんなわけで路肩に停めて待つことにした。
住宅街なので、特に車通りが多いわけでもないが、何か言われたら移動しよう。セ○ムの事務局がどこにあるかはわからないが、10分くらいで来てくれるだろう。そうたかをくくっていた。
しかし、来なかった。
30分待っても来なかった。
渋滞でもしてるのかな?と心配になりはじめた。
しかし同時に、大きな問題が発生した。
お腹が痛くなってきたのである。
相手の心配とかしてる場合じゃなくなってしまった。
トイレに行きたい。でも、問い合わせから既に30分も経ってる。そろそろ来てもおかしくないんじゃないか?いや、もう少しだけなら我慢できる……もう少し……。
こんな時スマホがあれば……わたしがスマホを忘れさえしなければ!!!
こんなしょうもない自業自得で散々迷惑をかけておいて、あげく、すれ違ったら申し訳ないし目も当てられない。トイレとか家入れたら好きなだけできるやろ、耐えろ耐えろ耐えろ。と自分に言い聞かせながら、とにかく待った。
しかしそこから更に20分が経った。
こっちは今すぐ家に入りたい。なんならそろそろ旦那の習い事も終わる時間だ。お腹も痛いしお腹も空いた。早く家に入りたい何で来ないのねえ…!?
そしてちょうど一時間経った頃、わたしのお腹はピークを迎え、やばいこれ以上の恥は晒せない!!!早くこないセ○ムが悪い!!!!!しらねえ!!!便意っていうのはどんな猛獣も抗えない本能なんだぞわかってんのか!!!!!!!!!そう(車内で)叫びながら、近所のコンビニに向かった。
幸い、コンビニではすぐにトイレに入れたので、お腹の問題はすぐに解決した。よかった、神はまだ生きてた。そして急いでアパートに戻ると、わたしが停めていた路肩にセ○ムのロゴの入った車が止まっていた。なんて間の悪い……。
路肩の邪魔にならないところに車を停め、わたしが車を降りて歩いていくと、セ○ムの人が困った顔で右往左往していたので声を掛けた。そして本人証明をして、無事に鍵を開けてもらい、無事に家に入ることができた。無事でないのはわたしの羞恥心だけ。安いものだ。安い、ものだよ……。
家に入ると案の定、部屋の鍵とスマホはソファの上に無造作に置かれていた。今朝の自分を殴りに行きたい、と思いながらスマホを見ると、とくに緊急の連絡もなにもなかった。ホッとして、ドッと疲れた。
めんどくさがらずもっと早く行動すればよかった、荷物の管理はちゃんとしなきゃな、とか、いろんな後悔が頭をよぎった。
ふと見ると、インターホンの室内モニターのランプが赤く光っていた。
いないうちに誰か来ていたのだろうか、どうせ営業かな……と思い再生ボタンを押すと、そこに映っていたのは先程のセ○ムの人だった。
「いや、中におるわけないやろ。鍵はお前が持っとるやろがい」
思わず声に出してツッコミを入れた。
鍵開けに来たら、誰もいなくてセ○ムの人も焦ったんだろうけど、でもさ。
中にいたらお前は呼んでへんよ!!!!!!
正直もう二度とこんな目に遇いたくないと思った。
いや、もし仮に遭ったとしても、セ○ムに電話するときは「どれくらいかかりますか?」は絶対聞く。それだけは固く心に誓った。
*
ちなみにわたしは同じ失敗をよく繰り返してしまう性格なのだけど、これ以降、わたしはちょっとそこまででも、家の鍵とスマホはちゃんと確認するようになりました。人ってちゃんと失敗から学べるんだね。
だってな、荷物適当にしたくなる時も、この出来事が頭をよぎって「あ、鍵だけは、鍵だけはちゃんとしよう」ってなるからな。
アホでズボラなやつだなと笑ってやってくれると、あの時ひとりで羞恥心と闘ったわたしが報われます。
ちなみに視線恐怖は無理してるだけで、根本的には治ってません。笑
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