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インスピのべる『石に願いを』【2000字短編小説】



 己の力だけではどうにもならない部分が9割というのが個人的な感覚。普段あっという間に波に攫われていく記事、いにおが比較的長い時間検索の頭に留まることによって、より多くの人目に触れる機会に恵まれる。「繋がらなくていいから俺の絵を見てくれ」というタグの存在を知ったのはつい先日のことで、それを作った元祖その人は、もうタグを納得する形で回収できたのだろうか。その位きっと、埋もれてしまうものは多い。

 写真はありのままを残す。誤魔化しがきかない。普段自分が見ているのは「見られたい角度、表情の自分」を映した鏡であって、不意に撮られた写真を見てゾッとすることはままある。同様に、撮った本人も思うように瞬間を切りとれなかった経験、土台を踏みしめて、誤魔化しのきかないありのままと向き合ってきたに違いない。その覚悟。これは「写真という媒体を表現の方法に選んだ」その人へのリスペクトである。素材から拝借したが、なんらかの形でご本人様にも伝わればいい。

 さて、おかげさまで私の書いた記事、過去から換算して最も人目に触れたのは、生まれたばかりのこの「インスピのべる」であります。これを需要ありと判断して再び作成したのが、今度は一枚の写真から抽出、培養させたもの。挨拶が遅れました。こんにちはウィルスです。ウイルスじゃなくてウィルス。ウェルチと同じ発音ね。こっちの方が感覚的にかっこいいし、本物のウイルスと区別する意味で使おうと思います。新型コロナウイルス、新型はやみウェルチ。あれ、なんか違う。前書きだけで500字オーバー。今回こそ使うべきだと思います。いい加減黙れ。それでは。



【インスピのべるって何ぞやという解説はコチラ↓↓】





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〈ほぅら、これだよ〉
 すぼめた口。いつの日か恥ずかしそうにこっそり打ち明けて見せてくれたのは、古い木箱に入った、光を透かしてきらめく石。
 とても鉱物に思えない透明度を宿したそれを、愛おしそうに見つめると、ばぁちゃんはそのまま静かに蓋を戻した。だから実際私が見たのはほんの一瞬。それでも「映るものを能動的にはね返す輝きを取り戻した」ばぁちゃんの目は、一瞬とは言わず、しばらくの間豊かな潤いに満ちていた。
〈かめら、なんてなかったからねぇ。これがその時見た景色、ぜぇんぶ思い出させてくれるんだよ〉



「違うよ。こっち」
 元々出していた大声をつい荒げてしまう。何度言っても手のひらサイズの端末を使いおおせない祖母は、私の声に反応して曖昧に微笑んだ。

    会話が成り立たなくなったのは、別に今に始まったことじゃない。早口で伝えたもの。友人との会話の音量で伝えたもの。正面ではない場所から伝えたもの。うまく聞き取れないが故に何度も聞き返す。その度に目にする、相手の煩わしそうな顔。
 動くのが遅い、家の鍵を置き忘れる、約束したことを覚えていられない。

    曖昧に微笑む。できないことが増えるたび、小さくなっていく祖母の背中は、いつからか部屋の片隅を定位置に、外部との接触をやんわり拒むようになっていった。

「違うよ。だからこっち」
 だからと言って、生きている以上、人と関わらず済むことはない。電話くらい自分でかけて、受けられなければ困るのだ。
 祖母は曖昧に微笑むと「ごめんねぇ」と言って俯いた。



〈ほぅら、これだよ〉
 秘密を打ち明ける時に見せる、共犯者の微笑み。
 自分の宝物を誇る。それはきっと、分かってくれると思えた相手にだけ、こっそりと。

 ばぁちゃん。

 足腰の弱い祖母を遠くまで連れ出すことはできない。
〈これがその時見た景色、ぜぇんぶ思い出させてくれるんだよ〉
 浜辺で探すは四葉のクローバー改め、祖母の持つ石と同じ輝きを放つ石。けれど光るものがあったとしても、それはペットボトルか、透明なビニールか、ガラス製のゴミ。祖母が見せてくれたような石なんて、どこを探してもありやしない。時間が経つほどに、疲労が蓄積するほどに、あれは自然の生み出した奇跡というよりか、露天で売られた人工物の廃棄された成れの果てに思えてくる。
 斜陽。徐々に暮れていこうとする日に、ぼんやり諦めようとしたその時だった。再びキラリと光るものが視界の端に映り込む。ペットボトルとも透明なビニールともガラス製のゴミとも違う、その不思議な輝きに、吸い寄せられるようにして向かうと、足元に転がっていた石を拾い上げる。
「あった・・・・・・」
 にわかに信じられない。
 光に照らされたそれは、鈍い輝きを放つ。角度を変えるたびに変化するきらめき。

 その美しさ。背後に青。石ではなく背景の色まで取り込んで初めて見えた景色。ばぁちゃんが本当に見てたもの。大切にしまい込んでいたもの。
 ようやく相対する。噛み締める。
〈あったよ、ばぁちゃん〉
 すぼめた口。恥ずかしそうにこっそり打ち明けて見せてくれたのはきっと、
 



 楽しかったんだよね。そこにはきっと大切な人がいて、
 家族か、友人か、はたまた恋人か。その人と「キレイだね」と笑い合った。
 ただ分かち合いたかった。感動を共有したかった。自分は一人ではないと知りたかった。

 ばぁちゃん。

 手のひらをギュッと握りしめる。
 否定したい訳じゃない。お互いを大切に思っていない訳じゃない。近いほどについ見落としがちになってしまうもの。

 何を言っても聞こえなくても、届かなくても、届けられるものがある。
 伝えられる手段がある。
 大丈夫だ。きっとこの石がつないでくれる。私とばぁちゃんをもう一度。
 一人じゃないと伝えてくれる。それはどんな優秀な機械にもできないこと。
「ただいま」とドアを開ける。いつものように影に気付いてようやく動く小さな背中。
 ずっと握りしめていた手のひらを開いて見せる。
〈ばぁちゃん、寂しい思いをさせてごめんね〉
 一瞬驚きに見開かれたその目が、豊かな潤いを蓄え始める。「ああ」と漏れた声。その手は、石ではなく、私の手を掴んだ。掴んで、ギュッと握りしめる。そのひんやりとした皮膚。血の通う同じ生き物。

 満ちる。

「聞いて、ほしいことが、あるの」
 ゆっくり、大きな声で、正面から伝える。
 伝えたい。寂しい思いをさせないように。
 人と繋がることを諦めないように。
「ばぁちゃん」
 蓄え、満ちたもの。豊かで、豊かで、あふれた思いがその頬を伝った。
 久しぶりに「なぁに?」という声を聞いた。







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