大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第9話|幻鏡
山に建てられた、ひっそりと佇む、古びた山小屋。
屋根の四隅に、鳥・鼬・蛇・亀が紐で吊るされ、風に靡いている。
異様な光景だった。
そこに現れたのは、駿河。
駿河は、八咫烏創設者の血筋である、ある人物を尋ね、ここへ来ていた。
「やっと来たか」
後ろ姿の長い黒髪の男は、胡座をかき、見たことのない生き物を串に刺している。それを囲炉裏に焚かれた火に入れながら、声を掛けてきた。
痺れるような、その声。
駿河は、明らかに今まで会ってきた人物とは異なる、異様な空気をその男から感じていた。
周は、正篤と國弘から下鴨神社に呼び出された。
到着してすぐ、三人は、黒服の男たちに目隠しをされてしまう。
京都には、地下に流れる龍脈がある。
この龍脈の中にある洞窟には、「目隠しをした状態でなければ入ってはならない」という掟があった。
この洞窟は、それだけ重要な場所であり、一般人はおろか、天皇家の人間でも入ることが許されない特別な場所だった。
三人は、両手を持たれたまま、足場の悪い階段をゆっくり降りていく。
足音の反響音から、洞窟内がいかに狭いかが伺える。
階段を30分ほどかけて降りていくと、滝の音が聞こえ始めた。すると、三人は、目隠しを外された。
目の前に現れたのは、大きな滝。地上の滝壺から大量の水が流れている。
洞窟内に響く滝の音は、体に激しく振動が伝わってくるほどだった。
「ここは、龍神様が、入る者を選別する龍門と呼ばれる場所です。足を滑らせれば、命はありません。気をつけて歩きなさい」
三人は、龍神に許可を得るため、祝詞を唱えた。
すると、周の目の前に、青い眼をした巨大な黒龍が現れた。
そして、黒龍は、周の目を覗き込んだ。
そのまま眉を細めながら、三人の前に顔を近づけていく。
黒龍は、ぐるぐると三人の周りをまわると、今度は、滝の中へと入っていき、全身をくねらせながら勢いよく昇っていった。
すると、それまで激しかった滝の流れが一気に止まり、洞窟内が静まり返った。
そして、滝の裏に隠されていた重厚な扉が姿を現した。
祝詞を唱えていた國弘が、扉の前へ進み、鍵を開けた。
「今のうちに入れ」
周は、扉の中に足を踏み入れた。
中は真っ暗。手すりの感覚だけを頼りに、ゆっくり降りていく。
そして、再び扉が現れ、國弘がその扉の鍵を開けた。
そこには、地下室とは思えない空間が広がっていた。
巨大な滝から流れる川を挟むように広がる、緑豊かな自然に囲まれた空間。
地下に、地上と変わらない空間が広がっていたのだ。
その空間に一歩足を踏み入れると、なぜか重力を感じない。
太陽の光がないため、松明の灯りで照らされている。
川に沿って歩いていくと、景観にふさわしくない、四角いコンクリートの建屋が現れた。しかも、真っ黒い墨で覆われており、建屋の周囲は鎖で囲われ、そこに複数のお札が繋がれていた。
周囲には、重々しい空気に漂っている。
三人は、その建屋に足を踏み入れた。
赤い絨毯が敷き詰められた縦長の部屋。
そこに、裏の八咫烏のメンバーが集まっていた。
壇上の両脇には八咫烏の垂れ幕が下がっており、火が灯されている。
天主・地主・兵主・陽主・陰主、月主、日主・四時主、それぞれ八つの異なる旗を掲げ、三人を待ち構えていた。
椅子は置かれていない。
全員、赤い絨毯の上に直に座り、胡座をかいている。入ってきた三人の顔を覗き込み、各々威圧している。
ここにいるのは、世に知られることなく、裏で活動している八咫烏。
日本全土を周り結界を張る者、山に籠り天界や龍神の動向を観察する者、古来から妖と繋がりを持つ者など、全員、日本を影で支え続ける由緒ある血筋の者ばかりだった。
だが、人間との交わりを極限まで抑えて暮らしている、彼らから放たれるオーラに、周は只ならぬ恐怖を感じていた。
正篤は、赤い八咫烏の紋章が入った服を着た老婆に話し掛けた。
「神官の神岡だ。新人を一人連れてきた。例の部屋へ案内していただきたい」
周を睨みつける老婆。
意味深な表情を浮かべつつ、三人を奥へ案内した。
錆び付いた輪っかに付いた複数の鍵を鳴らしながら、ゆっくりと歩く老婆。
どうやら鍵の門番のようだ。
細い廊下へ案内されると、そこには、民宿のようにドアが立ち並んでいた。
奥へ行くにつれ、悍ましい空気が漂い始める。
今まで感じたことのない異様な空気と相まって、赤黒いオーラが飛び交っている。
すると、老婆は、一つの扉の前で止まった。
一見、何の変哲もない普通の扉。
そこに鍵を差し込むと、扉が開き、中にコンクリート張りの空間が広がっている。中へ入ると、南京錠で閉じられた藁葺き屋根の蔵が現れた。
「鍵はお持ちですかな? 30分後、また扉を開けに参りますので。では、私はこれで……」
老婆に鍵をかけられ、三人はコンクリート張りの空間に閉じ込められた。
國弘は、持っていた南京錠の鍵で蔵の扉を開けた。
山吹色の漆喰で作られた蔵の中に、無数の書物や、地上では見たことのない不思議な形をした物が、収納棚に陳列されていた。
「ここは、太古の昔に何者かによって作られた、天皇も立ち入ることが許されていない特別な場所です。ここに飾られているのは全て魔具と呼ばれる道具。今日ここで試したいことがあります」
國弘は、一つの魔具を手に取り、周へ渡した。
「決して落としてはなりません。二度と作ることができない代物です」
周は、両手でその魔具に受け取った。
それは、長さ15センチほどの複雑な模様が彫られた手鏡だった。
「八咫鏡だ。覗いてみるがよい」
周は、正篤から言われるがまま、鏡に自分の顔を映した。なぜか、何度も傾けては覗き込むを繰り返している。
どの角度から覗いても、鏡に映る自分の顔と目だけが合わないのだ。
「目が合いません」
「やはりそうか。その八咫鏡は、霊格が高い者とは目が合わない仕組みなのだ」
見た目は、普通の鏡。
普通の人間が覗けば、当然目が合うが、霊格が高ければ高いほど、合わせ鏡のように目が合わなくなる仕組みだ。
「これは、霊感のない人間とそうでない人間を見分けるために作られた魔具。つまり、本物の霊能者であるかそうでないかを見極める目的で作られたのが、八咫鏡だ」
「古来より、人間は妖と仲良く共存していた。その後、渡来人が日本を侵略し、妖の霊力を悪い事に使おうとした。……」
かつて、日本にはあらゆる人種がいた。さらに、妖や鬼などとも共存していた。
妖は、元々人間より霊感のある存在。
妖や鬼以外にも、龍の鱗を持つ人間など、見た目や肉体による差別なく、各々が尊重されていた。
そこへ、朝鮮人が日本へ渡来し、これらの存在は迫害を余儀なくされた。
その時、元々日本にいた住人と関係の深かった妖が作ったのが、八咫鏡。先住民と後から来た人間を区別するために作られたのだ。
霊感は、元々当たり前のように人間に備わっていた能力であり、その歴史を隠したのも人間だった。
「……ここにある八咫鏡は、生き残った妖と一緒に逃げ、匿った人々の手によって作られた魔具だ。我々八咫烏には、これらを護り、後世に受け継ぐ使命がある」
正篤は、周に訴えかけるように、これまでの歴史を伝えた。
この時、國弘には、正篤が何か焦っているように見えていた。
「30分経ちましたので、お迎えに上がりました」
老婆が、扉の前で話しかける。
「分かった、しばし待たれよ! 始めるぞ。それを持って参れ」
正篤は、國弘に指示をした。
大きな入れ物を運ぶように言われると、國弘と周は、その入れ物を両手で持ち上げた。
その入れ物が、異様に光り輝いて見えたため、周は驚きを隠せなかった。
蔵から出て鍵をした後、老婆に扉を開けさせる。
こうして、三人は魔具の蔵を後にした。
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