大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第16話|略奪
宮内庁より、政府に緊急指令が出された。
「本日、宮内庁より、京都御所から半径1km圏内に緊急配備の要請があった。今から読み上げる二人の人相を記憶し、100人体制で警備にあたってほしい。今日から、平塚國弘、物部衣織、この二人を特別指名手配とする。見つけ次第、直ちに捕らえよ!」
二人は、国の指定文化遺産窃盗の容疑者として名前が上がっていた。
そんな中、國弘は、ある場所へ向かっていた。
國弘は、門を潜り、玄関を開けた。
向かったのは、かつて二度と敷居を跨がないと誓った、國弘の実家だった。
父親と兄は不在。代わりに、衣織が、國弘を出迎えた。
國弘にとって最悪な形で結婚をした衣織。
数十年ぶりに再会した二人は、互いに、あの頃とは違っていた。
「あの……」
「何も言わないでください。今から、少しだけお時間いただけますか?」
國弘は、衣織に、外で話すよう提案した。
二人は、無言のまま、目線を合わすことなく歩き続けた。
本来であれば、故郷であり馴染み深い、この田舎道。
この道を少し俯きながら、両手を前に組み、小刻みに歩く衣織。國弘は、衣織のペースに合わせて歩いた。
衣織と出会い、そして、離れたからこそ、鈴子たちを守る使命を授かったと、國弘は、自分を運命づけていた。
しかし、これほどまでに、彼女の側にいられなかったことを後悔していたのだと、衣織の耳裏にある龍の鱗を見ながら感じていた。
それは、衣織も同じだった。
國弘に話した未来。
國弘が中国へ行き、その間、自分に祈りを捧げてくれていたのを、衣織は感じ取っていた。
しかし、その時、正篤からある忠告を受けていた。
「私の指示に従わなければ、國弘の命はない」
全ては、國弘を八咫烏にするための正篤の策略。
衣織は、正篤に脅されて、國弘の兄と結婚させられていたのだ。
「……本当に、ごめんなさい……」
涙を流しながら謝る衣織に、國弘は、そっとハンカチを渡した。
「私の願いは、あれから少しも変わっておりません。貴方が平和に過ごしてくれること、それが私の願いです。これから貴方をある場所へご案内します」
國弘は事前に、澄子からこのように聞いていた。
「京都の地下には、月光族が住んでいる。彼女をそこへ連れていくがよい。さすれば、彼女にとって平和な暮らしが待っているであろう」
これによって、國弘は、衣織を京都の地下へ連れていく決意をした。
國弘は、衣織の目を見てこう言った。
「二度と、貴方を苦しませたり、悲しませたりはしません。それに、貴方は、これから行く場所に相応しい人間です。私がご案内します」
衣織はその時、初めて、自分の未来が美しく見えた。
安全で平和な暮らしをしながら、ゆっくりと生きる姿。
「こんな素敵な未来を私が描いても良いとおっしゃるのですか? 信じられません……」
「あの時と同じように、貴方には、自分の未来がすでに見えているはずです。その貴方の能力は、今後、私たちを救うことになります。私たち八咫烏に協力していただけませんか?」
衣織を地下へ連れていく理由。
それは、周が見えなくなった、自分が関わる未来を透視できる特別な能力。
しかし、衣織はこう言った。
「やはり、行くことはできません。今すぐここから逃げてください。貴方は、これから危険な目に遭います。私には、貴方が苦しめられている未来が見えるのです」
そう言うと、衣織は、さらに小声でこう言った。
「今、誰かにつけられています」
それに対し、國弘は、
「知っています。それでも、貴方を連れ出す覚悟でここへ来たのです。貴方が持っている能力を知っている人間は、私の他に、もう一人います」
すると、十字路の影から、複数の政府職員が現れた。
國弘は、衣織の手を取り、路地裏へ隠れた。
「そろそろだな、國弘が動き出すのは」
「はい。彼は必ず彼女を連れて、地下へ行きます」
正篤は、まだ若き二人を教えていた時、衣織が月光族であることを知った。そして、國弘との仲が深くなっていることが分かると、衣織を使える日が来るまで、政府に彼女を監視させた。
ここには、さらに深い因果関係があった。
正篤はある日、京都にある宝物が偽物であることが分かると、関係者から地下にある龍脈の存在を聞いた。そこで、正篤は衣織の存在価値に気付いたのだ。
衣織は、龍との交わりを持つ月光族の末裔。
それは、強力な能力の持ち主であることを意味していた。
そこから、正篤は、衣織の祖先が神具を作った可能性が高いと踏んだ。必ず地下に本物の財宝が眠っていると。
さらに、國弘を八咫烏に育て上げれば、いずれ、この事に気付き、彼女を地下へと連れていく。その時に初めて未知なる領域へ行ける。そう、正篤は踏んでいた。
正篤は全て、國弘の行動をあらかじめ読んでいたのだ。
「では、何もかも、予定通りというわけだな。地下の龍脈を壊し、幻影を解き放てば、サンカが隠してきた財宝を全て手にすることができる。もうすぐだな、正篤」
晴明と正篤の思惑は、全て地下に眠る財宝にあった。
「では、そろそろ出てきてもらいましょうか。何十年もの間、計画を裏で進めてきた、本当の八咫烏たちを」
國弘は、衣織を地下へ安全に誘導するために、あえて身を隠した。
辺りを探し回る政府職員たちが、声を荒げながら、四方へ散っていくのを確認すると、後ろを確認しながら、ある場所へ急いだ。
二人は、人混みの多い通りをあえて選びながら、走り続けた。
「次の曲がり角に、政府職員が3人います。スーツを着ていない男たちです」
一般人を装い、國弘たちを捕まえようとする政府職員たち。
何より頼もしかったのは、衣織の能力だった。
先に危険を察知し、遠回りをしつつ、京都の街中に少しずつ近づいていた。
五重の塔が見え始めると、政府職員の数はさらに増えていった。
「これ以上は危険です。着替えを用意しておりますので」
二人は、目立たない羽織りに着替え、人混みに紛れ、注意を払った。
堂々と、目を光らせる政府職員の横を通り過ぎる二人。
國弘は、衣織に紳士用の帽子を被らせ、歩かせた。
しかし、相手は、晴明と正篤。術や先読みで監視していることは、國弘も分かっていた。
しかし、それでも、この違和感には気づけなかった。
晴明は、直接監視ではなく、烏の眼を使って監視していたのだ。
屋根の上でじっと観察する中、一匹の烏が、微かに日差しが当たる衣織の耳裏にある龍の鱗に気付いた。鳴き声で合図をする。
「やばい、気付かれた」
その声を聞きつけ、街中の烏が一斉に集まる。
そして、政府職員も集まり、二人は完全に包囲された。
周りにいる政府職員の数は、軽く100人を越えている。
そこに、晴明が現れた。
「待っていたぞ、國弘。八咫烏の大烏として、人を家から攫う行為は、どうなる行為か分かっておるな?」
清明は、一気に國弘を追い詰める。
しかし、事態はすでに、清明の思惑とは違う方向へ進んでいた。
衣織が帽子を取ると、現れたのは、違う女性だった。
晴明が、急いで回り込み、その女性の耳裏を確認すると、しっかり作り物ではない本物の龍の鱗が刻まれていた。
そう、彼女も、衣織と同じ月光族の人間だったのだ。
彼女は、澄子が、地下から地上へ送った月光族の一人だった。
それだけではない。
澄子は、地下に住むサンカたちをこの日、一時的に地上に戻していた。
その中にいる月光族の女性を、衣織と間違えるのは必然だった。
澄子の策が身を結び、清明がひるんだ隙に、國弘と衣織は、八咫烏の提灯がある一軒家を目指した。
國弘は、当然、あの人物が待ち構えているであろうと予測していた。
若き頃、常に隣にいた人物。
その人物とようやく対峙する時が訪れようとしていた。
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