大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第17話|対面
正篤についていくため、八咫烏となった國弘は、彼との関係を断つ決断をしていた。
衣織にとって、平穏な日々が送れる場所。
それは、サンカたちが生活を共にする場所。
そこへ連れていくことが、彼女の幸せに繋がると、國弘は信じていた。
衣織が月光族であることを知ってから、月光族の仲間と彼女が平和に暮らせる環境をつくるために、これまで動いてきた。
それは、澄子も同じだった。
地下でサンカたちと共に生活をする中で、深い関わりを持たなくても、それぞれが新たな国を作り、過去に執着することがなくなった。
この過去に囚われない生活が、彼女の為になると信じていたのだ。
しかし、衣織は違った。
事前に、未来透視で地下の様子を見ていたにも関わらず、なぜ二人が自分をここへ連れていきたいのか、彼女には理解できずにいた。
澄子と國弘の予想通り、正篤は、二人の行く手を阻もうと動いていた。
この日は、白夜。
夕日がいつもより早く沈もうとしている。
そこに月が現れ、暗くなるはずの夜空が、月と太陽、東西の明かりに照らされ、明るくなっていく。
すると、この空の流れに沿うように、烏が現れ、月の出る方向へ飛び立ち、京都の飲屋街を見下ろしている。
声をあげて鳴く烏は1羽もいない。
烏たちは、飲み屋街を歩く人々の様子を静かに監視していた。
そこに、大勢の政府職員が現れ、営業を開始する飲み屋に一軒一軒忠告を始めた。強制的に店を閉めさせていく。
慌てて店から出てくる人々。
彼らも、政府職員の人数に驚きを隠せない様子だ。
こうして、飲み屋街にある、八咫烏の提灯がある一軒家は、完全に包囲されてしまった。
國弘と衣織は、未だ現れない。
先に到着したのは、正篤だった。政府職員たちが道を開けると、その真ん中を歩き、三人を威圧するように待ち構える。
すると、
「現れたな、悪童どもよ」
反対側から澄子が姿を現わした。その場で、正篤を睨みつけながら仁王立ちしている。
その後ろには、國弘と衣織もいた。
澄子は、周りの政府職員たちに一切気を取られることもなく、少しずつ歩み寄る。
「コソコソと裏から手を回すのが得意だったお前が、ついに本性を現したか」
「状況を見てから話せよ? 澄子。今、お前たちは、上から物が言える立場ではないはずだ」
「我らに策がないとでも思っておるのか?」
「お前たちの策など、興味ない。後ろの二人に、陛下より逮捕状が出ている。今すぐ投降しろ」
國弘は、衣織の前に立った。
「たった二人のために、随分と大袈裟だな、政府は。目的は、二人ではなかろう? お前の口からはっきり申すが良い。狙いは何だ?」
「狙いなどない。国の重要文化財を返してもらう、それだけだ。地下にあるのは分かっておる。お前たちの犯した罪は重いぞ」
「笑わせるな、正篤。我らを窃盗犯のように扱っているが、むしろ歴史的に見ても、国のために守り抜いてきたのは、こっちの方だ。お前らのような偽善者の手に渡らぬようにな」
「この国の象徴とも言える天皇家の財宝を、天皇家以外の人間が管理するなどありえんことだ。その考えこそ、反逆者の考えだと気づかんのか?」
「お前にしては、随分と饒舌だな。我々は、天皇家に反することなど何もしていない。ただ悪用されぬよう、守ってきただけだ。今後も、この宝は我々が管理する。なぜなら、天皇家が生まれる前から、日本には歴史がある。どちらかだけでなく、どちらの歴史も守る。それは、我々にしか出来ぬことだ」
澄子がそう言うと、そこに、政府職員たちに連れられ、サンカたちが現れた。そして、澄子たちの目の前を通り過ぎ、正篤の隣で止まった。
「これでも、その台詞が言えるか? 我々は今、彼らを反逆者とみなし、全員捕らえることができる。我々に全ての財宝を渡さない限り、彼らの未来はない」
「……國弘、言いたいことがあるなら、今のうちに言っておくが良い。奴にまだ余裕があるうちにな」
澄子の前に立った國弘は、久々に正篤と対面した。
長きに渡り、師弟関係にあった二人。互いに目を離すことはない。
「貴方は最初からそうでした。私に付き纏い、私を側に置いた。そして今日も、同じことをしている。一体、なぜですか? なぜ、いつも貴方は、私の目の前に現れるのですか?」
「國弘、お前はまだ何も分かっていない。全ては、お前が生まれる前から計画していたことだ」
「また、そうやって誑かすおつもりですか? 私が知る必要はないと。なぜ、貴方は、私に本心を言わないのですか! 貴方が八咫烏になる前は、本当に優しかった。でも、貴方は、彼女が月光族であることを知ってから変わってしまった。一体、何を考えているのですか? 答えてください!」
「答えたところで、状況は変わらない」
「……分かりました。澄子さん、もう大丈夫です」
「悔いはないか?」
「はい」
「分かった。では、正篤、これからお前を地下へ連れていく。ただし、条件がある。サンカには、指一本触れるな。もし、彼らを傷つけるような真似をしたら、どんな手を使ってでも地獄へ墜ちてもらう」
「約束しよう。本当に、地下へ案内する気があればの話だがな」
そう言うと、正篤は、政府職員たちにそのまま待機するよう命じた。
通常、死神が護る地下へは、澄子が祈祷した札がなければ入ることはできない。札を持たない者は、地下へ下りることが許されないのだ。
それを無理やり下りようとすると、死神に捕まってしまう。
4人が一軒家の玄関を開けると、目の前で、死神が待機していた。
「これが死神と呼ばれる者か。こうやって護ってきたのだな」
澄子から渡された札を死神に見せると、死神は、その場で浮遊し始めた。襲ってくる様子はない。
もちろん今、死神に正篤を襲わせたところで、サンカが人質となっている以上、意味がない。
ゆっくりと梯子を下り、地下へと進んでいく4人。
正篤は、警戒しながらも、そのまま地下へ入っていった。
「何か仕掛けでもあるのかと思っていたが、普通の梯子のようだな」
正篤の言葉に耳を貸すこともなく、澄子は黙っていた。
少しずつ下りていくと、次第に川の音がし始めた。
実は、この先に、澄子が施した仕掛けがある。
しかし、正篤も、簡単に術中にはまるほど、愚かではない。
「そろそろか?」
すると、地上で待機していたはずの政府職員たちが、一斉に梯子を伝って下りてきた。
「馬鹿な! 死神が護っているはずだぞ! なぜ入って来れた!?」
実は、正篤が、死神と目を合わせた際、澄子の札を見せる振りをして、晴明から預かっていた呪術の札を死神に見せていた。
死神という人智を超えた存在を呪う術は、晴明のような手練れでなければ扱うことはできない。
それも、過去数千年という単位で、この地下を死神に守護させてきた歴史があったからこそだった。その分、知見が蓄えられていたのだ。
そして、死神を呪い、能力を無効にすることで、二度と地下を護ることが出来ないようにしていたのだ。
これが、正篤の策略だった。
「もう何をしても無駄だ、澄子。立ち止まらずに、そのまま進め」
先手を打たれた澄子たちは、正篤たちを案内する以外、方法はなかった。
少しずつ、龍脈の音が聞こえ始める。
正篤たちは、先に地下通路へと降り立った。
正篤は、龍脈を覗き込みながら、未だ、警戒を続けている。
政府職員たちは、その龍脈から正篤を遠ざけ、警備にあたった。
そして、正篤たちは、ついに地下の洞窟に辿り着いた。
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