大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第19話|反逆
「お前が、神岡正篤か。先を読む天才と呼ばれるだけのことはある」
正篤は、中国へ渡り、一人修行に励んでいた。
10才という若さで、才能を見出され、着々と知名度を上げていた。
そんな彼に目をつけた男がいる。
その男は、正篤を見るなり、こう言った。
「君は今後、日本を背負うことになる。今から私が、君の三つの分岐点について教える。よく聞いて、今日から備えなさい」
誰もが3回は来ると言われている、人生の分岐点。
この三つの分岐点を避けて通ることはできない。
「これから伝える君の分岐点は全て、時代に大きな変化をもたらす出来事だ。これによって、必ず君は苦労することになる。この分岐点を無事通過することができれば、君の意向に背く人間はいなくなる」
正篤は、三つの分岐点に起こる出来事を、その男の未来予知で聞いた。
「この三つの出来事は、どれも一人では耐えられない。それほど、大きな分岐点だ。君のような存在を守るために、我が家系には予言が伝えられている。その予言と君の運命には因果がある」
一つ目は、八咫烏になること。
二つ目は、自ら育てた2名の弟子を監視し続けること。
そして、三つ目の内容は、国の今後を左右する最も大きな出来事だった。
「将来、君は天皇になる」
「私が天皇にですか?」
「そうだ。君は、日本の未来を背負う運命にある。これぐらいのことで感情を揺さぶられてはならん。これから起きる出来事全てが試練であり、それらを乗り越えられなければ、頂きには立つことはできない。この計画を実行できれば、君の将来は保証される」
結局、正篤は、その男の助言を受けず、彼のもとを離れた。自分で道を切り拓く決意をしたのだ。
「自分の意思で学んでこそ、明るい未来を引き寄せる人間なれる」
正篤は、そう信じていた。
しかし、この男が言う通り、正篤の人生は茨の道だった。
名が知られるようになるにつれ、命を狙われるようになり、占いは欲に塗れた大人たちに利用され、時には、正篤を牛耳ろうとする者に誘拐されそうになることもあった。
そんな正篤の評判は、政府にも届いていた。最終的に警察に捕らえられ、正篤は牢に入れられてしまった。
京都御所の地下にある、無造作に大量の札が貼られた真っ暗な牢。
そこで、正篤はとんでもない事実を知ることになる。
正篤が入れられた牢には、もう一人、ボロボロの服を着た人間がいた。
「……若いね、君は。なぜ、ここへ連れて来られた?」
「私にも、さっぱり……」
「でしょうね。君は将来、日本を背負うことになる。自分の命を守り、自分の命を優先しなさい。君が生きているだけで、運命は変えられる。どんなに攻撃されても、最後に勝つのは君だ。死を選ぶでないぞ、少年」
ここでもまた日本を背負うと言われた。
そして、牢から出た後、正篤は八咫烏に連れていかれた。
あの男に言われた通り。
それ以降も、自分で切り拓こうとする正篤を嘲笑うかのように、あの男が予知した方向に吸い寄せられていく。
そして、またその男と対面した。
「君の持っている賽と同じ物を用意した。時が来るまで、これで練習しておきなさい。それが、君の運命だ」
その後、正篤は國弘と出会い、彼を育て上げた。
京都御所には、正篤の運命に関わってきた者たちが集まっていた。
三つ目の分岐点が来る前の重要な計画。
己の運命をかけて施した仕掛け。
これを、長い年月を懸けて監視してきた國弘と衣織がいる前で解くことになる。
「ようやく全てを話すときが来たようだな。何もかも、この日のために計画してきた。私を恨むなら好きなだけ恨むが良い」
これまで寡黙を貫き、耐えていたのは、澄子や國弘だけではなかった。
正篤の発言に、茫然とする3人。
彼と天皇家の繋がりを壊そうとここへ来たはずが、自ら、その関係を壊し始めた。
「何が目的で私に歯向かっておるのだ? それが何を意味するのか……」
「全てだ。貴方の行動全てに虫唾が走る。何もかもが遅い。何もかもだ。そこに座るお前たちも、目の前に並ぶお前たちも、全員、私の術中にはまっている。國弘、お前たちが企んでいることをここで見せろ! 3人の縄を解け!」
3人は、縄を解かれた。
「良いのですね? 私たちの計画をお見せしても」
國弘がそう言うと、八咫鏡を手に取り、天皇を照らし始めた。
「貴方は長年、偽物の天皇を演じてこられた。それだけではありません。安倍晴明と名乗る人物と貴方は同一人物です! 今から貴方の正体をお見せします!」
周が以前言った、この言葉。
「いくら誤魔化しても、仕草までは偽れません」
あの時、周は、天皇と晴明が同一人物であると解いていたのだ。
そして、澄子がわざわざ地下を元の状態に戻したのは、この天皇の正体を暴くためだった。
龍脈に鎮められていた八咫鏡が必要だったからだ。
澄子は、急いで暖簾をめくり、鏡の光が直接天皇に当たるよう、動かした。
白夜の月明かりが八咫鏡に反射し、仮面が剥がれ始める。
「お前の狂言もこれで終わりだ。姿を現すが良い!」
何の抵抗もしない正篤を他所目に、二人は浮かび上がってくる顔を見つめた。
「そんな……」
その顔に、先に驚いたのは國弘だった。
晴明と天皇の正体。
それは、國弘の父親だった。
「驚いたか、國弘。これが、長きにわたる私の計画だ。正篤を使い、天皇という座についた。今更、この事実を知ったところで、もう遅い。傷つくのは、お前だけだ」
國弘を毛嫌いし、衣織を兄と結ばせたのも父親だった。
「全ての計画は、我が血筋にある。我々の血筋は、ただの神主の血筋ではない。天皇家よりも前からある由緒ある血筋だ。つまり、本来なら、この平塚家が天皇家となるべき血筋。その権利を戻したまでだ」
國弘の顔を覗き込み、薄笑いを浮かべる父親。
「お聞きになられましたか? 天皇陛下」
「何?」
父親は、國弘の言葉に驚いた。
そして、彼の目線を追った。
すると、そこには、昭和天皇の姿があった。
一際輝きを放つオーラに、全員目を奪われる。
「偽物の陛下、いや、父上。貴方が、陛下を地下の牢に追いやったのは、周から聞いていました。今度は父上、貴方がそこへ行く番だ!」
「今更出てきたとて遅い。八咫烏よ、その者たちを捕らえよ!」
父親が八咫烏たちに指示をするが、誰一人動く者はいない。
「なぜだ! お前らは私の術に……」
その瞬間、父親は正篤を見た。
「お前、どうやって俺の術から……」
正篤が静かに手を上げると、國弘の父親は、八咫烏たちに取り押さえ、そのまま連れていかれた。
國弘にとって、思っても見なかった天皇の正体。
そして、今までの人生の元凶は全て父親であり、自らが天皇の座を奪うために仕組んだものだったのだと、初めて知ることになった。
しかし、澄子や國弘にとっては、戦わずに勝利したこの状況。
何か違和感が残った。
私利私欲で周りの人間を巻き込んだ國弘の父親。
彼に巻き込まれただけに思えたが、そうではなかった。
「國弘、ここに全員を集めろ。これから、天皇家と八咫烏、全ての組織変革を行う」
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