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秘密の結び文

先日、入院している姑の洗濯物を取りに、病院に行ってきた。いつも姉が行ってくれているのであるが、舅の転院と日も時間もバッチリ被ってしまった為、私が行くことになったのである。
姉から要領を聞いて、病院に赴く。病院は姑宅から歩いて数分の距離にあり、大変助かる。姉も荷物の多い時などはいちいちタクシーを頼まなくて済むしとても有難い、と言っていた。

病院内には入らず、出入り口の外の受付で姑の名前を告げて看護師さんに洗濯物を持ってきてもらう。こちらからはタオルや肌着などの洗濯済みの物を渡して、ベッドのそばに置いてもらうようお願いする。
私信は禁止、差し入れなども勿論駄目である。全てコロナ予防のためである。
本人には勿論会えないので、様子は洗濯物を持ってきてくれた看護師さんから聞くしかない。本人も手持無沙汰だろう。姉からは痛いという言葉を言わなくなってきた、と聞いていたので、今まで痛みに向いていた関心が色んなところに向いてくるでしょうね、と言ったら姉はため息をついていた。

看護師さんが渡してくれた洗濯物はかなりの量だった。最近はそんなに汗をかくほど暑くはないし、第一病院内は空調完備に決まっているから何をそんなに着替える必要があるのかと首を傾げたくなるのだが、本人が汚れ物だと言って出しているものを突き返す訳にもいかないので、大人しく貰っておかねばならない。

看護師さんからは、元気にリハビリに励んでいる旨の言葉があり、良かったと胸を撫でおろす。年末までいたら、きっとシャンシャン歩けるようになるわ、っておっしゃるんですけど、もっと早く退院できそうな感じですよ、というのを聞いて、これを聞いたら姉がまたため息をつきそうだな、と思いながら礼を言って辞去する。

帰宅して、洗濯物を洗濯機で洗う。かなり大量だし、舅のいた病院から持って帰ったものも一緒に洗うので、一回では無理だろう。ボチボチやろか、と取り掛かる。姑は昔から袋の口を無茶苦茶に硬く結ぶ人で、解くのに難渋した。下着やタオルを取り出す。パジャマも二着ある。粗相でもしたのかと思ったが、そうではないようだ。洗ってほしいらしい。はいはい、と独り言ちて洗濯機に放り込む。

洗濯物を取り出していると、袋の底にこれまた便箋を固く縛った手紙らしきものが出てきた。姑の字で、宛名は姉になっている。姉は前回洗濯物を取りに行った時、「携帯電話を持って来い!」と強めの命令口調で書いてある手紙を読んで激怒し、破って捨てたと言っていた。私はその一部始終を聞かせてもらいながら爆笑したのであるが、今回は何を言ってくるのかちょっと興味があり、読ませて頂くことにした。姉も怒らないだろう。破って捨てておいて、というかも知れない。

固い結び目を苦労して解くと、姑の達筆でいろいろ書いてある。洗濯物が多くてすまない、から始まって、年金受給者の現況届は出してくれたのか、出さないとえらい目に合うから出してくれとある。姉はとっくに手続き済みなのだが、事実を知らなくても年金は恙なく入ってきているので、知らせなくても良い、放っておこう、と言っていた。まだ気にしている様子である。痛みがなくなってきた証拠だろう。

リハビリの進捗具合も書いてある。自宅近くまで歩いて行けた、家を見られて嬉しかった、と結構殊勝なことが書いてあるなあと思ったら、その後に外を歩くのは寒いからコートを持ってきて欲しい、私の洋服ダンスに赤いのがある、あれを持って来い、とまた命令口調になっている。赤いコートは上物で、姑のよそいきである。おしゃれしたいのだろうか。お姉さんに破られんで、とニヤニヤしながら読んでいくと、今度は携帯がだめなら公衆電話を使うから、100円玉をありったけ持ってきてくれ、どうか頼む、という哀願口調に変わっている。下手な漫才より面白い手紙だなあ、と笑いながら洗濯していると、姉が舅の転院を終えて帰ってきた。

手紙を見せる。姉は読み終わると手紙を放り投げて苦笑した。朝から二人、昼食も取らずに諸行事を終わらせたところに、この手紙である。まあ寒いのはしょうがないけど、あのコートは真冬の物だから多分今着たら暑いだろう、ということになり、少し薄いロングカーデを届けることにする。勿論、100円玉は差し入れできない。余程外の人と喋りたいのだろう。元気になってきた証拠ですねえ、というと姉は口だけがなあ、と笑っていた。

夫に見せるため、手紙の写真を撮る。姉は実物をあげるわ、と言ったのだが、丁重に断る。綺麗な字だけど、読むとなかなか内容はぶっきらぼうなことも書いてある。姑らしい。

残りの洗濯物を干しておいてくれるという姉に甘えて、姑宅を後にする。今回は日帰りなので、姉は私が疲れないよう、早めに帰れるように気を回してくれた。舅から、ミツルさんの交通費の足しにしてくれ、と一万円を渡された、と言って帰り際に渡してくれた。ありがたく頂戴することにした。姑の入院騒動以来、我が家の交通費が恐ろしい額になっていることを気にかけてくれる、舅の気遣いがありがたい。これから一人、リハビリに励む舅に思いを馳せた。

混雑する新幹線の中で、ミッションが無事終了したことに安堵して少しまどろんだ。取り敢えず、良かった。