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電車内で見かける人々

ここのところ、新幹線を使って関西と関東の往復をすることが増えている。コロナの頃はきっとガラガラだったと思うのだが、最近の新幹線の自由席はいっぱいだ。私の乗るのは始発駅ではないので、座るためには座席の選り好みはしていられない。空いていれば一刻も早く座るのみ、である。
みんな一体何をしにこんなに新幹線に乗るのだろう、と自分のことを棚に上げていつも考えてしまう。

私の利用するのは平日の午前中であることが多いので、よく見かけるのはスーツ姿のビジネスマンである。彼らは専ら指定席のところに並んでいることが多いが、自由席にも居ることは居る。
席に着くと、彼らは申し合わせたようにパソコンを開く。そして何やらカチャカチャやっている。が、そのうち静かになる。見ると大抵背もたれに頭を預けて、大股開きで寝ている。お疲れ様、と思いつつちょっと笑いが込み上げる。
在宅ワークなどが随分増えてはいるが、古典的な日本人サラリーマンの姿をまだこんなところで見ることが出来るのは面白い。

他に多いのは外国人観光客。皆大きなキャリーケースを転がしている。コイツが厄介で、彼らは一席分取ってこれを置いてしまう。というか席は空いているのだが、デンとこれが置かれた空間に足を伸ばす余裕は皆無だ。必然的に座れる席ではなくなってしまう。
一応すまなさそうにしてはくれるが、座るためにはなんの意味もなさない。これってどうにかならないのかなあ、といつも思う。京都の市バスは持ち込み禁止になったようだ。そういう何か、新幹線自由席でも出来ないかなあ。

しかしマナーの面で言うと、日本人だってあまり感心できない人に出会うことはある。
前回行った時に見かけた男性には驚かされた。

その時は車内にいる間ずっと、何か薬品のような、香水のような匂いが漂っていたので、なんの匂いかなあ、キツイ匂いではないけれど、と思っていた。周りにスーツ姿の男性が多かったので、整髪料とかの香りかなあ、だったらクンクン鼻をうごめかすのも失礼か、と思い、気になりつつも態度には出さないようにしていた。
いざ、京都で降りるという段になり、立ち上がって通路に出ようとして何気なく後方の座席に目をやった瞬間、私は呆気にとられた。
なんと、顎と頬を白いクリームでいっぱいにした男性が、テーブルに置いた鏡を見ながら真剣に髭を剃っている。手に持っているのは剃刀。ガタンと急停止したらどうするつもりなのだろう。
降りる客はみんな流石に驚きを隠せない風で、彼をジロジロ見ながら先へと進んで行く。しかし彼はどこ吹く風、全く我関せずといった感じで真剣に頬に剃刀をあて続けていた。
あの匂いはシェービングクリームの匂いだったのだ、と漸く合点がいった。

この男性を見た時、昔よく遭遇していた『電車化粧女』のことを思い出した。
私と同じ駅から同じ電車に乗る彼女は、いつもすっぴんだった。しかし、電車が動き出すと
『カチャカチャカチャカチャ』
と目の覚めるような賑やかな音をさせて、化粧下地を攪拌させる。そしてブチュっと下地を出して、丁寧に顔に伸ばす。次にファンデーション。次におしろい。次に眉を描く。アイラインを引く。マスカラをシャッシャッと軽く刷く頃には、顔はほぼ全て出来上がっている。あとは真っ赤な口紅を引けばおしまいだ。そして彼女は周りの冷たい視線などものともせずに、颯爽と電車を降りて行く。
この人は大変小さな顔に、すらりとした長い脚の持ち主で、まるでモデルのようだった。田舎は狭い。母に彼女の特徴を話すと、何かのミスコンテストで代表になったこともある人だ、ということがすぐにわかった。しかしこんなことをしていては、ミスコンテストも形無しである。
私の前に立っている若いサラリーマン風の二人が、彼女を見ながら肘を突き合って、
「おい、またやってるぞ」
「え、マジ?いつもなん?」
「毎朝」
「ウソォ」
「○○駅くらいで仕上がるぞ」
「結構カワイイのに」
「ありゃなしやなあ」
「オレ、(自分の)彼女やったら※しばく(関西弁で叩く、の意)」
とヒソヒソ会話していたのを、昨日のことのように思い出す。

日本人は『恥』の意識が高い国民だとずっと思っていたけれど、最近そうでもない気がする。たまたま若い人の例ばかり挙げたけれど、お店に来られる高齢のお客様だって、『ああはなりたくないなあ』とため息をつきたくなるような方もいらっしゃる。
この男性も、電車化粧女もそうだけれど、自分さえ良ければ良い、という感覚は『思いやり』という大切な物を忘れさせてしまう気がする。マナーって結局、思いやりなんだろう。

新幹線で髭を剃っていた彼はまだ随分若く、なんとなく身に合わないスーツ姿だった。就活生かしら。朝寝坊して、大事な面接なのに髭を剃り損ねたのかも知れない。
にしても、トイレで剃るとか。車内は止めてよねえ。こっちが恥ずかしいから。